
礼文島の玄関口、香深のフェリーターミナルの目の前に位置する食堂が「花文」です。
そこの看板メニューの一つがラーメンで、醤油、塩、味噌の3種類があります。
私は醤油ラーメンを注文。
スープは普通の醤油味。麺は太麺で腰があって美味しかったです。
ボリュームもあったので良かったです。
そこの看板メニューの一つがラーメンで、醤油、塩、味噌の3種類があります。
私は醤油ラーメンを注文。
スープは普通の醤油味。麺は太麺で腰があって美味しかったです。
ボリュームもあったので良かったです。
離島なので食事の選択肢は少ないのですが、ここのラーメンはお奨めです。
お奨め度★★★



織田方を担当する下名にとって、当面の目標としては、伊勢長島の一向宗殲滅、南近江の六角氏平定、佐和山城攻略による中山道打通、そして比叡山延暦寺の包囲がある。最後の延暦時については、湖西道経由で浅井・朝倉の本拠地を狙うルートを確保するためだ。浅井・朝倉が南近江に出てきたならば、すかさず別働隊を小谷、金ヶ崎方面まで長躯出撃させ、浅井・朝倉の補給線を断ち切るためだ。
茨木に三好三人衆が来襲、さらに南河内の信貴山には、本願寺勢が押し寄せてきた。織田信長公は8戦力を率いて茨木まで南下。三好三人衆と対峙する。指揮能力、兵力のいずれも有利に立つ織田方に対して、三好勢は退却を決意。追撃戦の過程で大戦果を期待した織田方であったが、三好勢は巧みに退却し、織田方の追撃戦を許さなかった。


「終了」チットが続いたので、状況変わらないまま年が経った。いよいよ武田信玄が参戦してくる。信長公にとって最大、最強の敵の一つである。未だに浅井領は無傷、六角は健在、伊勢長島も生き残っている状況で信玄の参戦は・・・、痛い。
その武田信玄が信濃国から青崩峠を越えて遠江国に乱入してきた。二股城を囲んだ信玄以下8戦力が、二俣城を瞬殺する。その間、織田勢が全く動かない。チットを引かないのだ。
武田信玄以下8戦力がいよいよ徳川家康の本拠である浜松城に襲い掛かってきた。浜松に籠る徳川勢は家康以下3戦力。4戦力入れておかなかった迂闊さを悔やんだが、後の祭りである。下手をすれば一撃陥落の恐怖に怯える徳川勢。
畿内方面でも動きがあった。明智光秀麾下の4戦力が浅井領である近江佐和山城を攻め、これを落城させた。これにより中山道経由での岐阜-京間の連絡線を確保した。また比叡山延暦寺を囲む丹波長秀麾下の2戦力が比叡山に侵攻。世にいう「延暦寺の焼き討ち」を実施したのである。これより比叡山延暦寺は事実上壊滅。織田勢は湖西線経由で近江、越前に至る連絡線を確保した。丹波長秀は少数の守備隊を残して京に撤収。京で戦勝を祝い合った。
このTurn、織田方にとって朗報から始まった。まず南近江を守る六角氏が降伏。織田方が南近江一帯を支配した。いよいよ北近江の雄、浅井長政と決戦か・・・。
何はともあれ京の北面の防御線に大穴が空いたのは織田勢にとって大脅威であった。速やかにその穴を埋めなければならないが、その機会を得る前に朝倉義景が動いた。麾下の8戦力を率いて琵琶湖西岸を南下。一気に京に乱入してきたのである。
さらに悪い知らせは続いた。紀伊で一向一揆発生。大量の一向宗徒が石山本願寺勢と合流することになる。さらに本願寺に同調する雑賀孫一らが大和郡山に攻めてきた。大和郡山を守る筒井順慶は必至の防衛戦を展開するが、兵力に勝る一揆勢に次第に追い詰められていく。






















CMJ#114の付録ゲームです。エリアマップで描かれた南太平洋地域の地図を用いて1942年~43年前半にかけての陸海空立体作戦を描きます。ユニットの規模は大隊から旅団、数隻の艦隊です。航空部隊はユニット化されず、飛行場マーカーとカードによって間接的に表現されています。

ニューギニア方面でも連合軍がブナに上陸して日本軍を撃破。ブナの支配を固めます。
ゲームシステムはやや特殊で、カードによるロジスティックスとマップでの軍事行動が混然一体と進められます。カードによってロジスティクスを蓄える方法はこの種のキャンペーンゲームとしては優れたアイデアで、時期によってテンポの異なるキャンペーン級のゲームとしては適切な方法だと思いました。一方で作戦行動や戦闘場面は抽象化されており、「恐るべき水雷戦隊」とか「対空砲火を掻い潜って攻撃する艦爆隊」といった状況の再現には向いていません。また細かい点でいえば、
ただ、我々の太平洋戦争に対する過度の思い入れを排して冷静に眺めてみれば「こんなアプローチもありかな」と思いました。超絶傑作とまでは言わないけど、ちょっとやってみようか?、と誘われて、まあやってみても良いかな、と思えるゲームでした。











