
礼文島は北海道稚内西方約60kmに浮かぶ島で、自然豊かな島です。
花の種類が豊富でいくつもトレッキングコースがある島です。
花の種類が豊富でいくつもトレッキングコースがある島です。
今回、約10年ぶりに礼文島を訪ねてみて最初に歩いたのがこの桃岩コース。香深のフェリーターミナルからバスで10分ほど。終点の知床という名の漁港でバスを降り、そこから歩き始めるのが桃岩コースです。
最初の約1時間ほどはなだらかな登り道。遠くに利尻島を見ながら花畑の中を歩いていきます。
元地灯台を過ぎると、そこからは桃岩の雄大な景観が・・・。
「これぞ島の風景」
といった雄大な風景が広がります。
元地灯台を過ぎると、そこからは桃岩の雄大な景観が・・・。
「これぞ島の風景」
といった雄大な風景が広がります。
約3時間弱のトレッキングで香深のフェリーターミナルに戻ってきました。
この桃岩コース。礼文島のトレッキングコースの中では短い方ですが、景観的には変化に富んでいて楽しめるコースでした。
この桃岩コース。礼文島のトレッキングコースの中では短い方ですが、景観的には変化に富んでいて楽しめるコースでした。













Liberty Roadsでは上陸場所を自由に選べる。しかし史実通りの上陸が一番効率が良さそうだ。従って今回はほぼ史実通りに上陸作戦を実施した。
天候は雨。連合軍にとっては支えとなる航空部隊が来ないのが痛い。シェルブール要塞(Cherbourg 1607)を9個師団で包囲攻撃。シェルブールを守るドイツ軍歩兵師団2個に大損害を与えたが、これを落すには至らず。コタンタン半島の付け根では、サンロー(SaintLo 1610)を守る独第21装甲師団(9-9-3)を攻撃。これを撃破したが、サンロー奪取するには至らなかった。

遂に天候が晴れ渡った。連合軍が全戦線に渡って大攻勢をしかける。
天候は晴れ。コブラ作戦継続。10個師団以上の大兵力をつぎ込んでサンロー正面を攻撃する。砲兵支援をつぎ込んでサンローを強襲し、なんとかサンローを陥落させた。しかし米軍も第3機甲師団、第7機甲師団の2個師団がステップロスした。
天候は晴れ。晴れ渡った大空を背景に連合軍の総攻撃が始まる。コタンタン半島西の付け根にあるアヴラシェ(Avraches 1411)に対して、パットン率いる機動部隊が攻撃を実施。ドイツ軍装甲師団3個からなる強力なスタックを撃破し、アヴラシェを占領した。カーン南西部に展開するドイツ軍にとって包囲壊滅の危機が迫る。
そして連合軍は南フランスに対する上陸作戦、「オペレーション・ドラグーン」を発動した。第1波、第2波合わせて9個師団がツーロン(Toulon 2444)付近に上陸。主戦力を北フランスに集中していたドイツ軍はこの新たな進攻になすすべがなかった。

天候は晴れ。米軍部隊はコタンタン半島から溢れ出し、フランス西部に溢れてくる。コタンタン半島西部の小港湾都市サンマロ(StMalo 1210)はこのTurnに陥落。米軍の機甲部隊はレンヌ(Rennes)を占領、さらに東へ進んでルマンを占領した。



























下名が引いてきた勢力は「上杉」であった。従って相手プレイヤーは、「徳川」「北条」のいずれかになる。相手プレイヤーが早い段階で正体を明かし(確か「北条」だったと思う)、さらに調略チットを使って信濃、上野に一気に勢力拡大に出てきた。窮地に立った「上杉」陣営は真田家と同盟を結んで対抗。強力な真田を使って北信濃で逆転攻勢に出る。さらに調略によって北条陣営を崩した結果、「上杉」が勝利を得た。
プレイヤーを変えて再びプレイ。今度も下名は「上杉」を引いた。当初は両プレイヤーとも慎重に身分を隠して盤面の推移を見る。途中で頃合ヨシと見た我が陣営が立場を明らかにし、「上杉」で「北条」領内で攻勢に転じする。さらに「調略」チットを使って北信濃、中信濃の北条領内に調略戦を仕掛ける。相手プレイヤーはまだ立場を明かさないが、多分北条だろう。そこで徳川を使って側面から北条に嫌がらせを仕掛ける。
担当プレイヤーが誰かわからない、というアイデアは面白いと思う。プレイ時間も手頃で、1時間もあればフルターンプレイできる所も良い。第3勢力を使って相手プレイヤーの足を引っ張るというのも良い。シミュレーションゲームとして見た場合、もう少しディテールが欲しい所だが、このあたりは好みの問題と言えるかもしれない。これぐらいアッサリしている方がプレイする上で楽なことは確かだ。
プレイしていて疑問に感じた所は、相手プレイヤーが誰なのかという疑心暗鬼と、そのことがプレイに与える影響についてである。別の言い方をすれば、相手プレイヤーがわかならいことがゲーム上の利益・不利益と余り関係ないように思えた、ということである。もっとハッキリ書くと、自らの立場を隠しておくことのメリットを余り感じなかった、といえるかもしれない。むしろ好機と見れば自らの立場を早めに表明した方が、ゲーム上では有利ではないか、と、思えた。






