

主題のゲームをソロで試してみました。選んだシナリオは「ポート・モレスピーの戦い(1942年前半)」です。ダイス判定で両軍の登場機種を選択しました。日本海軍は零戦21型(A6M2)が6機、連合軍はP-40が6機とハリケーンが2機です。ちなみにP-40とハリケーンは、本ゲーム上の性能が全く同じです。いくらなんでも・・・、と思わなくはないですが、まあ仕方がない。ついでながらユニットの評価だけならF4FとP-40も全く同じ「顔」。うーん、と唸ってしまいますが、P-40がそれなりに「手強い相手」として評価されている点は好感が持てます。
細かい経過は省略して結果だけを記すと、日本軍の損害は零戦3機を失い2機が被弾損傷。実に出撃機の8割以上が撃墜破されてしまいました。連合軍の損害はP-40が2機とハリケーン1機の損失。他に被弾損傷が若干。損害で比較するとほぼ同数ですが、登場機数で連合軍側が勝っているため、このシナリオの勝利者は連合軍でした。こうして書くと日本軍が不利なように思われますが、日本軍としては特殊飛行を駆使してベストポジションからの射撃に徹するのが勝利の秘訣のように思えました。逆に連合軍としては火力と防御力の優位を生かしてヒットエンドラン戦法が宜しいかと思います。うーん、こう書くと何だか雰囲気が出ているかも・・・。
いずれにしても対人戦で試してみないと何とも言えません。









先のTurn、陥落させられなかったダンケルクを再度の攻撃により陥落させた。ダンケルクの港湾はこのTurn終了時より稼働を開始する。この結果、連合軍の補給状況はさらに改善された。

この鉄壁の防御線に対し、米英連合軍が精鋭12個師団を投入(英6個、米6個)。普通の戦闘ではとても戦闘比が立たないので、+3の強力空軍支援を使って無理やり戦闘比を立てた。
その南、ザール地方では、ルクセンブルクの南を抜けてメッツ(Metz 3820)を占領。同方面唯一の機甲師団である米第7機甲師団「ラッキーセブンス」(8-7-4)が機甲突破し、ナンシー(Nancy 3822)に布陣する独軍2個師団を包囲する。
冬の曇った空の下、いくつものパラシュートがオランダ上空に花開いた。場所はオランダ中部、アルンヘム(Arnhem 4407)~ナイメーヘン(Nijmegen 4308)街道上。ワ―ル川とアイゼル川に挟まれた平地帯である。ここはベルギーからオランダを経てドイツ本国へ向かう街道の要地。ここを支配することが本大戦の帰趨を決める重要な作戦になるはずだった。

英空挺師団の降下に合わせて米第2装甲師団「ヘルオンホイール」(10-9-4)を始めとする米軍3個師団(機甲2、歩兵1)が、ナイメーヘン南西に陣取るドイツ第2SS装甲師団「ダスライヒ」(13-12-10)を攻撃する。河川越えのため火力半減の米軍であったが、航空機と重砲支援によって戦闘比を高めて攻撃を実施。攻撃は成功して「ダスライヒ」は壊滅。米軍はナイメーヘンとアルンヘムに至る連絡線を確保した。
この一連の戦闘でブリュッセルからアイントホーへェン(Eindhoven 4109)を経てアルンヘムに至る道路網を連合軍が確保した。連合軍はベルギーからオランダを経てドイツ本国に至るハイウェイを得たことになる。
このTurnの戦闘が本ゲームの帰趨を決定づけた。ドイツ軍は組織だった防衛ラインの構築を半ば諦め、ドイツ本国へ向けた防衛ラインを解放し、残った主力はジークフリートラインとルール工業地帯の死守に絞った布陣に展開した。
連合軍はほぼ無抵抗でドイツ国内に進入。ルール工業地帯の都市に立てこもるドイツ軍に対して連合軍は1つ1つ攻略していく作戦を行った。河川の多い地形や粘り強いドイツ軍の抵抗に苦しめられる連合軍であったが、所詮は時間の問題であった。連合軍が勝利条件を満足するドイツ国内7都市の占領に成功したのは、最終Turnから1Turn前の第23Turn。実際の時間にすると1945年3月後半のことであった。その後ドイツ国内に米英軍が殺到。勝利条件を満足させた連合軍の勝利によってゲームは終了した。
ゲーム時間はセットアップを含めて16時間ぐらいであった。2日間例会でプレイして、初日は夜7時過ぎまで、二日目は夕方までに終えることができた。今回は長考型のプレイヤーではなかったので比較的手早く終えることができたと思える。プレイヤーの慣れにも依るが、2日間でフルターンできるかできないかぐらいではないだろうか。1日でプレイする場合は全9TurnのD-Dayシナリオがお奨めだ。
今回はノルマンディ方面での空挺降下に少し工夫し、6月中にアヴランシュ方面で突破できた。そのためボカージュ地帯で苦しむことはなかった。また突破の過程でドイツ軍の装甲部隊を包囲殲滅できたことがその後の展開を楽にした。






















またもや雨である。忌々しい。雨で飛行機が使えないので大人しくする。
カーンを起点としてオルヌ川(Orne.R)渡河作戦を成功させたのは英軍の計6個師団(機甲4、歩兵2)。その先鋒である近衛師団(9-7-4)は海岸地帯を東に向かい、セーヌ川河口まで進出した。

ドイツではヒトラー総統が度重なる敗北に怒りを露わにして西方総軍司令官を解任。先に解任したルントシュテット将軍を再び西方総軍司令官に復活させる。
英軍がセーヌ川(Seine.R)右岸を東進し、機甲突破セーヌ川を渡河する。先鋒となるポーランド第1機甲師団(10-7-4)がルーアン(Rouen 2311)占領。セーヌ河の渡河点を連合軍が押さえた。



パリを占領した連合軍は、東へ向けて前進を開始する。
このTurnにシャルルロアを無血占領した連合軍は、ブリュッセル(Bruxelles 3610)南方の荒地帯で機甲突破を仕掛ける。まずナミュール(Namur 3713)では米軍3個機甲師団が攻撃を実施。その北2Hex(3711)では英軍6個師団(機甲4、歩兵2)がやはり攻撃を実施する。さらにナミュール後方では米第17空挺師団が(3-5-2)が空挺降下を実施。ドイツ軍の後方を遮断せんとする。
