

鹿児島市内に立ち寄った際、ラーメンを食べようと立ち寄ったのが「麺屋花一」。鹿児島市内中央から国道沿いに数キロ南下した場所にあるラーメン屋さんです。
鹿児島のラーメンと言えば、細麺の豚骨という感じがしますが、ここはなんと横浜で有名な家系。それもあまり過激な味ではなく、上品な味でした。素直に美味しいと思えるラーメンです。
お奨め度★★★
ウォーゲームの話や旅の話、山登り、B級グルメなどの記事を書いていきます。 自作のウォーゲームも取り扱っています。











「信長最大の危機」について、今更説明する必要もないだろう。所謂信長包囲戦を扱ったシミュレーションゲームで、1570年から10数年に渡って繰り広げられた信長包囲戦を、1Turn半年、1ユニット約2千弱の兵員で再現する。
金ヶ崎の陣まで前進していた織田信長は、突如盟友浅井長政が裏切ったことを知る。このままでは敵中に孤立して壊滅してしまう。そう考えた信長公は全軍の約半数(1個軍団=8戦力)を率いて琵琶湖西岸を通って京に落ち延びた。残り1個軍団は朝倉勢1個軍団強(10戦力)の猛攻を受けて壊滅する。
南近江平定を終えて一旦京に戻った信長公は休む間もなく1個軍団を率いて茨木へ出撃。三好勢を撃破して茨木を解放した。近江では滝川一益、羽柴秀吉が率いる1個軍団が浅井領北近江の佐和山城を奪取。さらに進んで横山に進攻。同地を守る浅井勢を包囲した。
長政の不吉な予感は的中した。横山城を調略戦で難なく陥落させた信長公は、織田軍主力を率いて浅井の本城である小谷城を囲んだ。その兵力は3個軍団弱の約4万人にも達した。対する浅井勢はわずかに6千弱に過ぎない。天下の名城小谷城を以ってしても、浅井の滅亡を防ぐのは難しかった。小谷城は落城。浅井長政も自刃して果てた。
このTurn、初めて織田方のチットが1枚しか引かれなかった。これまでは毎Turn2枚ずつ織田チットが引かれている計算になる。ちなみに織田方チットを引く確率は、第1Turnは平均1.5枚、第2Turn以降は原則平均1枚である。これまでの織田方がいかに行軍チットに恵まれていたかがわかろうというものだ。
信長公率いる本隊は、越前奥深くへ侵攻していく。このTurn、越前府中を囲んだが、これを落城させるには至らなかった。また柴田勝家、荒木村重が率いる1個軍団は伊賀上野に進攻。在地の忍者たちと激戦を交えている。
「甲斐の虎」武田信玄が動いた。信玄公自らが率いる約2万の大軍が駿府を発して東海道を西上。掛川を囲んだのである。他にも山県昌景率いる約2千が飯田より伊那路を南下。北から遠江に迫っていたし、木曽福島には馬場信春がやはり約2千の兵を率いて木曽路から美濃を伺っていた。武田勢の総兵力は約2万5千強。










