戦藻録[新漢字・新かな版]下
宇垣纏
戦藻録は、連合艦隊参謀長として山本五十六を支えた宇垣纏海軍中将が記した戦時日誌である。昭和16年の開戦直前から、終戦の日に特攻出撃する直前まで、3年10カ月にわたり書き続けられた日記で、本書ではその貴重な日誌が現代の漢字・仮名で読みやすく再現されている
この下巻では、1943年4月から終戦までを扱っている。とはいっても1943年4月18日の所謂「海軍甲事件」で宇垣自身が負傷し、その後約1年間治療のために第1線を離れていたので、1944年2月までは空白期間となっている。本書では、い号作戦から山本長官の遭難、そして第1戦隊司令官として復帰した後はマリアナ、レイテの決戦に参加し、最後は第5航空艦隊司令長官として沖縄航空戦を率いて戦う様が描かれている。マリアナ、レイテ戦では、決戦を企図するも何度も敗北を喫し、自身の忸怩たる心境が吐露されている。また台湾沖航空戦についても、大戦果を喜ぶ風はなく、むしろ過大な戦果報告を冷ややかに見ている風がある。
沖縄戦では、自身も特攻機の戦果を過大に判断し、「あと一押し、あと一押し」と前途に光明を見出す。しかしいつまで経っても減らない米空母の数に失望し、そして自身の航空戦力の枯渇を嘆く。
なお、本書は単なる戦史記録に留まらず、戦地における宇垣自身の生活(狩りを好んで行っていた)や家族を思う気持ち、そして世界情勢に対する判断など、戦時下の人間がどのような認識を持っていたかを知る好材料を提供している。いずれにしても太平洋戦史を研究する際の第1級史料であることは間違いない。
なお、「戦藻録」は元々全14冊構成であったが、1943年1月~3月分を扱った第6巻が失われている。これは黒島亀人(開戦時連合艦隊先任参謀)が意図的に処分したという説が今日では有力である(黒島自身は「紛失した」と述べている)。
お奨め度★★★★★


































