Clash of Carriers(以下、本作)は、1944年6月に戦われたマリアナ沖海戦をテーマとしたSLGだ。この戦いはマリアナ諸島、特にサイパン島の攻防を巡って戦われた日米空母機動部隊同士の艦隊決戦であった。結果はよく知られている通り日本艦隊の惨敗。日本側渾身の攻撃は米戦闘機隊を中心とする防空網に阻まれて大損害を被り、殆ど戦果を挙げることがなかった。一方の日本艦隊は米潜水艦の攻撃によって虎の子の正規空母2隻を失い、さらに米空母機の追撃によって改造空母1隻を失うという大損害被ってしまう。この戦いは日米の空母機動部隊が曲がりなりにも互角の戦いを演じた最後の機会となり、その後のレイテ沖海戦で囮の役を演じた日本空母機動部隊はここに事実上壊滅することになる。

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本作は、2023年に米国LPS社のゲーム付雑誌Against the odds誌58号の付録ゲームとして出版されたもので、デザイナーは戦史研究家としても著名なMark Stille氏である。ゲームシステムは氏の前作であるImperial Sunsetを踏襲したものとなっていて、基本的なシステムはほぼ前作と共通している。



ゲームのスケールは、1Hex=25海里、1Turn=6時間、1ユニットは巡洋艦以上が1隻1ユニット、駆逐艦は4隻1ユニット、航空機は6~20機で1ユニットとなっている。

本作には3本のシナリオが用意されている。

・Historical Scenario
・TF58 Unleashed Scenario
・The Japanese Dream Scenario

一番最初のHistorical Scenarioは、お互い史実の兵力で戦うというもの。ただし米軍には「スプルーアンスの心配事」という陰謀ルールがあり、空母戦力の半数と戦艦戦力の大半はサイパンから9Hex以内に位置していなければならない。対する日本軍も「全力攻撃」の縛りがあり、とにかく1度は空母機による全力攻撃を実施しなければらない。まあ史実に近い結果にしかならないシナリオだと思う。

2つ目のシナリオは、「スプルーアンスの心配事」がなくなり、米軍がより柔軟に運用できるようにしたシナリオである。一方の日本軍も史実よりは柔軟に展開できるが、「全力攻撃」の縛りは相変わらずだ。このシナリオは歴史的な枠組みの中で一番自由度の高いシナリオだと思う。

最後のシナリオは何か誤解を招きそうなタイトルだが、別に「信濃」や「烈風」が出てきてエセックス級をバタバタと沈めるようなオチャラケシナリオではない。史実よりも有利な点としては「山城」「扶桑」の2戦艦と1個駆逐隊が日本艦隊に加わり、基地航空隊も全ユニットが登場する。日本軍機に適用される不利なDRMは全て撤廃され、一応米艦載機と互角の戦闘が可能になる。日本にとっては一番有利なシナリオだが、それでも兵力的な劣勢は否めない。

今回は、その中から一番上のHistorical Scenarioをプレイしてみた。筆者は日本軍を担当した。なお、Clash of Carriersについては、以下の動画でも紹介しているので、よろしければご覧頂きたい。



SetUp

日本軍の強みは史実通り航続距離の優越である。日本軍艦載機は片道12Hex(300海里)の攻撃範囲を持っているが、米軍はその2/3である8Hex(200海里)だ。ただ、米軍にも延長攻撃ルールがあり、それを使うと攻撃範囲が11Hexに伸びる。だから日本軍は僅かな航続距離優越を生かして攻撃するしかない。

兵力の少ない日本軍は、とにかく全力攻撃した所。9隻しかない空母を史実みたく分散配備してもCAPに食われるだけで効果は期待できない。それなら9隻の空母を1ヶ所に集めて集中攻撃を仕掛ける。それしかない。とはいっても空母をあまりに集中すると索敵効率が悪くなる。索敵はタスクグループ単位で実施されるので、集中配備し過ぎると索敵戦で負けてしまう。

そこで軽空母1隻を中核とする索敵専用艦隊を編制し、それで早期発見を図る。敵空母を発見できれば、最適距離から攻撃隊を全力発進させ、空母1隻乃至2隻の撃沈破を狙う。攻撃を終えれば、後は全力で退避する。敵空母の追跡を躱せば、なんとかVPで勝利できるだろう。
さらに今回は選択ルールの15.3 Prevailing Wind Effectsを採用することにした。このルールは攻撃隊を発進させる際には風上方向へ2Hex前進しないといけないというものである。風上方向とは、南東方向、つまり日本軍から見て前進方向、米軍から見て後退方向となる。つまり日本軍は敵に向かいながら攻撃隊を発進させることができるのに対し、米軍は敵から離れるように攻撃隊を発進させなければならない。これによって航続距離の短い米軍機は、その攻撃範囲に日本艦隊を捉えるのが益々困難になるはずだった。

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1Turn(1944年6月18日未明)

最初のTurnは夜である。日本軍は当初の予定通り艦隊を分けて敵潜水艦の伏在海面を避けつつ西へ向かう。

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2Turn(1944年6月18日午前)

当初の予定通り3群に分かれた日本艦隊から索敵機を発進させる。索敵機が次々と敵発見を報じてくる。

「敵大型空母5隻、軽空母2隻ミユ」
「敵大型空母3隻、軽空母3隻ミユ」
「敵大型空母4隻、軽空母4隻、サラニ戦艦7隻ミユ」

発見報告を合計すると敵空母21隻、戦艦7隻もの大艦隊である。事前の捕虜情報やその他の諜報により敵空母の隻数が15隻というのはわかっていたので、この段階で敵艦隊の大半を発見できたことになる。
直ちに攻撃隊を発進させたい所だが、彼我の距離が375海里(15Hex)とちと遠い。距離300海里の最適距離に到達すべくなおも前進を続ける。

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3Turn(1944年6月18日午後)

分散していた機動部隊を合同させて空母9隻からなる一大機動部隊を編制した。そして東に向かって米機動部隊との距離を詰める。しかし米機動部隊もわずかに東へ向けて後退したため、いまだ敵が攻撃圏内に入らない。焦る日本艦隊

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つづく

Carrier Battle - Philippine Sea 海空戦南太平洋1942 Pacific War
マリアナ沖海戦-母艦航空隊の記録 The Philippine Sea 1944 Aleutians, Gilberts and Marshalls, June 1942-April 1944 帝国海軍搭載機総ざらい(1) 2017年 06 月号