ミッドウェー戦記
亀井宏 講談社文庫
太平洋戦争の帰趨を決したミッドウェー海戦を、日本側視点で克明に描いた戦記ドキュメントである。その最大の魅力は、戦場の当事者たちからの丹念な取材をもとに、現場の空気や混乱、意思決定の迷走を臨場感をもって描き出している点にある。戦後数十年を経てもなお、関係者の証言を地道に集めた労力には、素直に敬意を表したい。
本書は日本側の視点に重点を置きながらも、アメリカ軍の動向や状況についても一定のリサーチがなされており、戦記としての客観性を保とうとする姿勢も感じられる。ただし、アメリカ側の攻撃隊に関する描写では、やや粗雑なまとめ方が見受けられたのが残念だった。「飛行時間4時間以下のものが多数含まれていた」という記述には、出典や調査方法に対する疑問が湧く。どの資料をもとに、どの部隊を指しているのか明示されておらず、練度不足と一括りにしてしまうのは、戦記としての緻密さを損ねているように思われた。
また、本書では通俗的に語られがちな「運命の五分間」--つまり日本空母艦上での攻撃隊が発進直前状態であり、あと5分あれば被爆前に全機発進できたという物語構造--に対し、懐疑的な立場を取っている点が興味深い。実際には、「運命の5分間」はフィクションで、3空母被爆時点で攻撃隊の準備は全く終わっていなかったのが真相であり、通説に流されない著者の視点には好感が持てる。しかし一方で、空母「赤城」「加賀」「蒼龍」が相次いで被爆する描写には、かえって「運命の五分間」を想起させるような場面描写が混ざり、読者としては若干の違和感を覚えた。せっかくの批判的な視点が、演出によって中和されてしまっているように感じたのである。
それでも本書は、戦記として十分に読み応えがあり、当時の空母戦の実態や、海戦における人間ドラマを描き出す点においては非常に優れている。特に、被爆した日本空母や重巡の艦内で繰り広げられた悲惨な戦闘場面の描写は、決して英雄賛美に陥ることなく、凄絶な戦争の一断面として読者の胸に迫る。
『ミッドウェー戦記』は、戦史に興味を持つすべての読者に一読を勧めたい優れた記録文学である。部分的には検証の甘さや演出過剰と感じられる点もあるが、全体としては当時の空気と現場の緊張感を鮮烈に伝える、貴重な一冊である。
お奨め度★★★★
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