ザ・レッド・ライン-第三次欧州大戦(上)
ウォルト・グラッグ/北川由子訳 竹書房文庫
本書は、冷戦後のヨーロッパが再び大規模戦争へと転落していく過程を描き出すミリタリー・スリラーである。物語は、プーチン時代の終焉後に共産勢力が復権し、“ソヴィエト”を名乗って再台頭したロシアが、東西ドイツの分断を狙って軍事介入を開始するところから始まる。序盤から政治的背景が語られるものの、作品の中心にあるのはあくまで戦場の描写であり、読者はほとんど息つく暇もなく戦闘の連続に巻き込まれていく。
本書を読んで感じたのは、兵器描写の大雑把さである。戦車や航空機の名称こそ並ぶものの、戦場の泥臭さや“機械が動く重み”のようなものはあまり伝わってこない。ミサイルがほぼ百発百中で命中する描写も多く、実戦の不確実性や混乱が希薄だ。現実の戦争では、誤射・故障・妨害・天候・偶然といった要素が常に絡み、むしろ「思い通りにいかない」ことこそが本質だが、本作ではその部分がかなり省略されている。
そのため、戦場の“泥の匂い”や“汗の重さ”といった感覚的なリアリティは弱く、読んでいてもどこかゲーム的な印象が残る。著者の軍務経験を背景にした作品であるにもかかわらず、戦場の不条理さよりも、ストーリーの勢いを優先しているように感じられた。
しかし、こうした弱点がある一方で、物語としての面白さは確かにある。ソ連復活という大胆な設定、ドイツ侵攻のスピード感、在欧米軍が通信網を破壊されて混乱する展開など、ページをめくる手が止まらない。兵器の細部よりも“戦争という巨大な力が動き出したときのスケール感”を描くことに重心が置かれているため、エンタメとしては十分に楽しめる。
総じて、本作は「リアルな軍事小説」ではなく、“勢いで読ませる戦争アクション小説”として受け取るのが正しいのだろう。リアリティを求める読者には物足りない部分が多いが、架空戦争のスリルとテンポを楽しみたい読者には魅力的な一冊である。
お奨め度★★★