もりつちの徒然なるままに

ウォーゲームの話や旅の話、山登り、B級グルメなどの記事を書いていきます。 自作のウォーゲームも取り扱っています。

カテゴリ:読書 > 歴史


家康、江戸を建てる

門井慶喜 祥伝社文庫

家康、江戸を建てる
現在の東京の原点ともいえる江戸の都市開発を、実務に携わった人々の視点から描いた作品だ。治水や上水、貨幣制度など、普段は歴史の陰に隠れがちな「都市をつくる」という営みが、驚くほどリアルに立ち上がってくる。江戸という巨大都市がどのように形づくられたのかを、まるで現場に立ち会っているかのように感じられ、読み進めるほどに興味が深まった。
一方で、家康や秀忠といった歴史上の人物の描かれ方には、これまで抱いていたイメージとのズレを覚えた。家康は慎重で老獪な人物という印象が強かったが、本作では都市建設のビジョンを語る指導者として描かれ、やや理想化されているようにも感じられる。また、秀忠の人物像も従来の史観とは異なる面が強調されており、そこに少し違和感が残った。ただ、その「違和感」こそが、作者が歴史の別の側面を提示しようとする意図の表れでもあり、作品の独自性につながっているのだと思う。
今回はAudibleで聴いたため、主要登場人物の把握に苦労した点も正直に残しておきたい。複数の人物が章ごとに入れ替わる構成は魅力的だが、耳だけで追うと誰がどの立場で何をしているのか整理が難しい場面があった。紙の本であれば前のページに戻って確認できるが、音声だとその自由度が低く、物語の理解に少し時間がかかった。
それでも、江戸という都市がどのように生まれ、どんな人々の努力によって形づくられたのかを知ることができたのは大きな収穫だった。歴史の表舞台に立つ武将だけでなく、名もなき技術者や職人たちの姿を描いた本作は、都市の成り立ちを考えるうえで貴重な視点を与えてくれる。首都圏に暮らす者として、今自分が立っている場所の「始まり」を知る喜びを味わえた一冊だった。

お奨め度★★★


家康、江戸を建てる 空海の風景 上下巻セット 大坂の陣 室町戦国史紀行

3

[新訳]ローマ帝国衰亡史

エドワード・ギボン/中倉玄喜訳  PHP文庫

[新訳]ローマ帝国衰亡史
エドワード・ギボンによる『ローマ帝国衰亡史[新訳]』は、壮大なスケールで描かれるローマ帝国の盛衰を通じて、文明と人間の営みの儚さを痛感させられる一冊だった。翻訳と再編集によって読みやすくなっているとはいえ、原著の重厚さはそのままに、歴史の奔流がページをめくるごとに押し寄せてくる。
特に印象的だったのは、初代皇帝アウグストゥスから始まり、数多の皇帝たちが登場する中で、それぞれの治世がいかに帝国の運命を左右したかが丁寧に描かれている点だ。蛮族の侵入、宗教の対立、政治の腐敗など、歴史的事件の連続はまるで濁流のようで、読み進めるうちにその情報量に圧倒される瞬間もあった。
面白さは確かにあった。だが、登場人物の多さと事件の複雑さにより、全体像を把握するのは容易ではなかった。章末の解説が助けにはなるものの、読者としては地図や年表などの補助資料が欲しくなるほどだ。
それでもなお、この書は「文明の衰退は避けられないのか?」という普遍的な問いを投げかけてくる。歴史を通じて現代を見つめ直す契機となる、重厚な読書体験だった。

お奨め度★★★

[新訳]ローマ帝国衰亡史 ローマ人の物語-合本 学研まんが NEW世界の歴史-ギリシア・ローマと地中海世界 ハンニバル 地中海世界の覇権をかけて

4

ベートーヴェン捏造-名プロデューサーは嘘をつく

かげはら史帆 河出文庫

ベートーヴェン捏造: 名プロデューサーは嘘をつく
本書は、音楽家ベートーヴェンの秘書であったアントン・シンドラーが行った「会話帳」の改ざんや破棄に迫るノンフィクションである。会話帳とは、耳の聞こえなくなったベートーヴェンが筆談で用いた貴重な史料であり、彼の思想や日常を伝える重要な記録であった。しかしシンドラーは、自分の立場を高めるため、また「苦悩する天才」という英雄像を強調するために、会話帳の多くを削除・改変し、さらには虚偽の解釈を広めていった。本書は、その捏造の実態と影響を明らかにし、ベートーヴェン像がどのように歪められてきたのかを解き明かしている。
読んでいて最も衝撃を受けたのは、交響曲第5番の副題「運命」がシンドラーの捏造であったというくだりである。私は長年、「運命の扉を叩く音」という逸話とともにこの曲を聴いてきた。しかし、それが根拠のない作り話だったと知った瞬間、今まで当然のように受け入れていた音楽史の常識が音を立てて崩れ落ちた。
シンドラーの行為は、歴史を私物化し、後世の人々を欺いた重大な過ちである。いかに彼の演出がベートーヴェンの名声を高め、広める役割を果たしたとしても、その行動を肯定することはできない。真実を意図的に歪めた以上、彼の行為は批判されるべきだ。
ただし、シンドラーという人物自体には強い興味を抱いた。彼は自らの才能や業績ではなく、偉大な芸術家に寄り添うことでしか自己を証明できなかった。その姿は哀れであると同時に、人間の弱さや執着心を象徴する存在でもある。ベートーヴェンを利用しつつも、その人生をすべて彼に捧げてしまったシンドラーの姿には、否定しきれない人間的な魅力があった。
この本は、ベートーヴェンの実像を知る手がかりであると同時に、私たちが「真実」と信じるものがいかに脆く、また人間の意図に左右されやすいかを教えてくれる。歴史における事実と虚構の境界を考えるうえで、非常に示唆に富む一冊であった。

お奨め度★★★★

ベートーヴェン捏造: 名プロデューサーは嘘をつく 歴史学ってなんだ? 戦史 七年戦争 フリードリヒ大王の指揮 フリードリヒ大王
ナポレオンの戦役(Les Batailles de Napoleon) ナポレオン フーシェ、タレーラン 情念戦争1789-1815 皇帝ナポレオン第1巻 ナポレオン戦線従軍記


新編忠臣蔵

吉川英治

新編忠臣蔵(下)
この本は1930年代、つまり戦前に書かれた小説です。読む前は「忠義や滅私奉公といった古臭い価値観が前面に出ているのでは?」と身構えていたのですが、実際に読み進めてみると意外にも違和感なく楽しめました。むしろ、現代の読者だからこそ共感できる部分が多いのではないか、と感じました。
本書の魅力は、登場人物が単なる「忠義の鑑」として描かれていない点です。
大石内蔵助をはじめとする浪士たちは、忠義のために命を投げ出す英雄ではなく、迷い、悩み、生活に苦しみながらも決断していく等身大の人間として描かれます。
「討ち入りに参加するか、それとも家族を守るか」――その板挟みは現代人にも通じる葛藤です。
もちろん、本書の背景には戦前的な価値観が存在します。「義」「武士道」といった言葉が強調されるのは確かです。しかし著者は、そうした理念を絶対視するよりも、人間の弱さや揺らぎを前に出しました。だからこそ、「国策文学」というよりも「人間ドラマ」として読むことができます。結果として、戦後の私たちにも違和感なく響くのだと思います。
もうひとつ驚いたのは文体の平易さです。時代小説特有の難解さは少なく、リズムよく読める言葉遣いが続きます。新聞連載小説として多くの人に読まれた理由がよく分かりました。
本書を読むと、人はなぜ義を重んじるのか、なぜ迷いながらも死を選ぶのか。そうした根源的な問いを、浪士たちの姿を通して投げかけてきます。戦前に生まれた小説でありながら、現代の私たちにも普遍的に響く――そんな不思議な力を持つ作品でした。

お奨め度★★★


新編忠臣蔵(上) 新編忠臣蔵(下) 私本・太平記全8巻セット
宮本武蔵 平家物語合本 三国志(1)-(10)

3

戦争は女の顔をしていない

スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ/三浦みどり訳 岩波現代文庫

戦争は女の顔をしていない
本書を読んでこれまであまり意識してこなかった「もうひとつの戦争の姿」に気づかされた。これまで戦争を描いた本や映画では、主に男性兵士が前線で戦う姿が語られてきたが、この本では女性たちの視点から、戦争の現実が淡々と、しかし深く語られている。
銃を持って戦った女性兵士、負傷者の血を拭き続けた看護兵、爆撃の中で通信をつなごうとした通信兵。彼女たちの声は、これまでほとんど記録されることがなかった。それだけに、ひとつひとつの証言が新鮮で、強く心に残った。
印象的だったのは、彼女たちが戦争を語るとき、必ずしも「勇ましさ」や「栄光」を語らないということだ。むしろ、泥と血のにおい、死体を運んだときの感触、仲間が死んだときの気持ち――そうした、これまで語られてこなかった「小さな戦争の断片」が丁寧に描かれている。
また、戦後になってから女性兵士たちが受けた差別や偏見にも胸が痛んだ。命をかけて戦ったにもかかわらず、「戦争に行った女は普通ではない」と見られ、沈黙を強いられた。その現実は、戦場とは別のかたちの「戦い」だったようにも感じた。
この本は、今まで描かれてこなかった戦争のもう一つの側面を、静かに、しかし確かに私たちに伝えてくれる。戦争を知るとは、勝ち負けや戦略だけでなく、そこにいた人々の感情や記憶に耳を傾けることだと気づかされた。
本書は、戦争文学に新たな視点を加えるとともに、これからの時代にこそ読まれるべき一冊だと感じた。

お奨め度★★★

戦争は女の顔をしていない 同士少女よ、敵を撃て 同志少女よ、敵を撃て 1 独ソ戦 絶滅戦争の惨禍
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