もりつちの徒然なるままに

ウォーゲームの話や旅の話、山登り、B級グルメなどの記事を書いていきます。 自作のウォーゲームも取り扱っています。

カテゴリ: ゲーム

240924_SLScn2_01

「スコードリーダー」は、1970年代後半に米国アバロンヒル社から出版されたボード・シミュレーション・ウォーゲームです。テーマは分隊規模の歩兵戦闘で、1ユニットが1個分隊又は指揮官1名を表します。当時のカタログでは「テレビドラマ「コンバット」の世界を再現するゲーム」と書かれていました。
「スコードリーダー」は、そんな歩兵同士の戦闘を描いた作品で、1Hexが40メートル、1Turnが実際の2分間に相当します。当時発売されていた「パンツァー・ブリッツ」「パンツァー・リーダー」に比べてより細かいスケールになっていました。
「スコードリーダー」は非常に人気のあった作品で、その後に多くのバリエーション作品が発売されました。戦車戦に関する細かいルールを追加した「クロス・オブ・アイアン」。大戦初期の戦いを扱う「クレッシェンドオブドーム」。そして大戦後半の西部戦線を描いた「GI アンヴィルオブヴィクトリー」です。
そして1985年には「スコードリーダー」シリーズの集大成ともいうべき「Advanced Squad Leader」(ASL)が発売され、現在でもMMP社等からモジュール類が発売され続けています。

今回は「スコードリーダー」の中で2番目のシナリオ「トラクター工場」をプレイしてみました。このシナリオは、1942年秋のスターリングラード市街戦のクライマックスシーンを切り取ったものです。ドイツ軍は優秀な装備を持つ戦闘工兵を投入してトラクター工場の奪取を狙い、ソ連軍は兵力の優位を生かしてそれを守り切ろうとします。
まさに血で血を洗う死闘とも言うべき市街戦の醍醐味をご堪能ください、

注:「スコードリーダー」は1970年代の作品であり現在は市販されておりません。





歩兵は攻撃する Tank Killers: A History of America's World War II Tank Destroyer Force ドイツ重戦車 戦場写真集 パンタ-vsシャ-マン: バルジの戦い194

atlantic-sentinels-cover


「Atlantic Sentinels」は、2024年に米国CompassGamesが出版したSLGだ。テーマはWW2での大西洋における船団護衛戦で、プレイヤーは連合軍の護衛部隊を率いてUボートの攻撃から船団を守ることを目指します。
そう、このゲームはソロプレイ用ゲームなのです。プレイヤーの立場は船団護衛部隊の指揮官。対するUボートはゲームシステムに従って自動的に出現し、船団を襲ってきます。プレイヤーは船団の被害を極限し、Uボートを撃破することを目指します。

写真01


プレイは、1つの航海だけをプレイするシナリオもありますが、一般的なプレイスタイルは、複数回の航海を繰り返して約1年半の長期戦を戦うキャンペーンシナリオです。扱っている時期は1942年2月~翌年6月です。この時期、大西洋の戦いが最も激しかった時期でもあり、Uボートの脅威によって英国は非常な危機に陥っていました。1943年3月から護衛空母が船団護衛につくようになり、Uボートの脅威は大幅に軽減されました。この時点でUボートの脅威は連合軍の対策によって抑え込まれ、大西洋の戦いは事実上終焉を迎えることになります。

写真02_英護衛艦艦橋


プレイヤーは、大西洋で連合軍が優位を確立するまでの間、護衛船団を守って大西洋で戦い続けることになります。

第1回航海:1942年2月前半

このゲームでは、ゲーム開始時に護衛部隊のタイプを決定する。後で判明することだが、この護衛隊タイプの決定が極めて重要で、ここで「外れ」を出すと、後々苦労することになる。

今回の出目は5で、英海軍の護衛グループB5となった。その内訳は、護衛グループ指揮官が乗船する駆逐艦「ハブロック」(HMS Havelock)の他、駆逐艦3隻、コルベット艦3隻である。駆逐艦は、H級、タウン級、V&W級の混成だが、ゲーム上、駆逐艦の種類の違いはあまり大きな影響はない(少しだけある)。コルベット艦は有名なフラワー級だ。

写真03_HMS_Havelock_DD


ちなみに護衛部隊はイギリス海軍、カナダ海軍、アメリカ海軍の3パターンがあり、カナダ海軍は他の2ヵ国に比べて装備が劣る。護衛部隊の大きさや国籍はランダムに決まるので、ここでカナダ海軍になってしまうと、前途多難となる。今回は運良く装備優良なイギリス海軍になった。
さらに今回の編制では、最初からHF/DF(「ハフダフ」と読む、短波方向探知機で、船団付近で通信を行うUボートを事前探知できる可能性がある)を装備していた。

写真04_HF_DF


我々が護衛する船団は、2月上旬に北アイルランドのロンドンデリーを出航した。船団は約60隻の輸送船よりなり、それを我々7隻の護衛艦が護衛する。
我々はUボートの襲撃を警戒しながら西へ向かう。途中何度か潜望鏡発見の報告はあったが、幸いUボートの襲撃はなかった。出航してから約2週間後、60隻の輸送船団は1隻も失うことなくカナダのニューファンドランド島に到着した。

第2回航海:1942年2月後半

我々は新たな船団を護衛して今度はニューファンドランドから東へ向かった。
大西洋のほぼ中間海域に差し掛かったころ、我々は最初の試練を受けることになった。船団がウルフパックの攻撃を受けたのである。ウルフパックとは複数の潜水艦からなる攻撃グループのことだ。
我々は4隻の駆逐艦を2隻ずつ船団の左右に配置し、2隻のコルベット艦を船団の前方に、1隻を後方に配置した。

写真05


まず昼間に3隻のUボートが接近を図るが、そのうち1隻をHF/DFで、別の1隻をASDICで捕捉。いずれも爆雷攻撃を加えて追い払った。別の1隻は慎重に夜を待っていた。
最後の1隻が夜間に襲撃を企てるが、HF/DFがそのUボートを探知。駆逐艦2隻で爆雷攻撃を加えて、ようやく1隻を撃沈した。船団における初のUボート撃沈である。

しかし2日後に悲劇が待っていた。1隻のUボートが白昼堂々護衛艦の防御スクリーンを突破し、船団内部に進入。魚雷4本を発射したのである。2本の魚雷がそれぞれ6700トンの「パナイーバ」と5000トンの「ヴァクライト」に命中。前者は沈没、後者は不発魚雷1本に助けられて何とか大破で踏みとどまった。

幸いその後はUボートによる襲撃はなく。船団は損失1隻でなんとかロンドンデリーにたどり着いた。

第10回航海:1942年6月後半

このあと、我々は何度か大西洋を往復した。その間、何度かUボートの攻撃を受け、時には恐るべきウルフパックの攻撃を受けることもあった。しかし我々はUボートによる攻撃を撃退し続け、輸送船団の損害を最小限に食い止めていた。この日までに我々が失った輸送船は、先に記した「パナイーバ」の他、5月の航海でUボートの攻撃を受けて撃沈された4500トンの「ケープ・ロドネー」だけであった。この時は凄腕のUボートが護衛部隊の僅かな隙をついて船団に護衛スクリーンを突破。船団の2隻に魚雷攻撃を仕掛けて1隻を仕留めたのである。我々はそのUボートを追ったが、彼が手傷を負いながらも我々の追撃を振り切った。

その一方で、これまでの航海で我々が仕留めたUボートは計5隻に達した。特に威力を発揮したのはHF/DFで、船団外周で通信を行うUボートを高い確率で捕捉し、複数の護衛艦で追い詰めて撃沈していったのである。

そして6月下旬。我々はカナダのニューファンドランド島セントジョーズを出航した。今回護衛対象は約40隻の輸送船団である。約40隻といえば多いように思えるが、当時最大規模の船団は60隻にも達しており、40隻という隻数は船団の規模としては比較的小規模といえた。

その頃には我々の護衛部隊も強化され、隻数は8隻、レーダー装備艦も2隻に増えていた。乗組員の練度も向上し、船団護衛に対する自信を深めつつあった。

最初の数日は何事もなく過ぎた。出航から5日目、そろそろ味方哨戒機の哨戒圏内に入ろうとしていた頃、我々は1隻のUボートの攻撃を受けた。その艦は単独行動中の1艦であったが、我々の護衛スクリーンを巧みに突破し、船団内部に潜入。4本の魚雷を発射した。13700トンの大型タンカー「ニューサビア」に4本の魚雷が次々と命中。「ニューサビア」は一瞬のうちに沈没した。轟沈であったため生存者はなかった。我々は直ちに敵潜を探したが、彼は巧みに我々の追撃を振り切って深海に姿を消した。

写真06


しかし彼は欲張り過ぎた。一旦船団を離れた彼は、船団の左舷方向から再度の襲撃を企図してきた。しかし今度は駆逐艦「ハブロック」の271型レーダーがUボートの接近を捉えた。「ハブロック」は僚艦と行動してUボートを追い詰め、遂にこれを撃沈した。

この戦いから2日後、我々は大規模なウルパックによる攻撃を受けた。最初に襲ってきたのは4隻のUボートである。彼らにとって不幸なことは、接触したのが夜間ではなく昼間であったことだ。明るい昼間はUボートにとっても襲撃に適した時刻ではなかったのだ。
4隻のUボートのうち2隻が防御スクリーンの突破を試みた。左舷から接近を試みたUボートは、レーダーによって探知され、爆雷攻撃で損傷を被りつつ辛くも離脱していった。
一方、右舷から突破を試みた別のUボートは、護衛スクリーンを突破。12000トンのタンカー「サラナック」に魚雷1本が命中した。命中魚雷数が少なかったので助かるかな、と、思わせたが、当たり所が悪かったのか、被雷後数時間で「サラナック」は沈没してしまう。沈没が緩慢であったため死傷者が比較的少なかったことが救いであった。
別の貨物船にも魚雷が命中したが、こちらは魚雷が不発だったので助かった。

写真07


数時間後に4隻のUボートが船団を襲った。しかし今度は我々が船団を守り切った。襲撃してきた4隻のUボートのうち2隻を爆雷攻撃で撃沈。1隻が緊急浮上して来た所を砲撃により撃沈。最後の1隻は手傷を負わせたが、撃沈することはできなかった。

こうして我々は10回目の航海を終えてロンドンデリーに入港した。我々は2隻のタンカーを失ったが、4隻のUボートを撃沈し、撃沈スコアは計9隻に達していた。

この航海の後、私は中佐に昇進した。

つづく


大西洋、地中海の戦い 恐るべきUボート戦 Uボート戦場写真集 イギリス海軍の護衛空母

a_a_cover_1200

Air & Armorは、米国Compass Games社が2024年に発表したSLGです。テーマは1980年代における西ドイツでの地上戦で、いわゆる仮想戦ゲームです。

以前にこのゲームのコンポーネント紹介動画を作成しましたが、今回はルール紹介の動画を作成しました。
この動画によってAir & Armorをプレイする人が一人でも増えてくれたら幸いです。




NATO Designer Signature Edition The Fulda Gap
幻の東部戦線 Duel Book 75-Bradley vs BMP 湾岸戦争大戦車戦(上) 湾岸戦争大戦車戦(下)

241008_GJ90

Game Journal 90-モントゴメリーの憂鬱、孤高のアルンヘム
GJ90「モントゴメリーの憂鬱-孤高のアルンヘム」は、2024年に発売されたGame Journal90号の付録ゲームです。テーマはマーケットガーデン作戦で、同作戦を1ユニット=大隊~連隊の規模で再現します。Turnの概念はなく、マップはエリアで区切られています。

このゲームの本作の特徴は何といってもソロプレイゲームであることです。プレイヤーは連合軍の立場となり、ゲームシステムが操るドイツ軍と戦います。プレイヤー側の勝利条件は、マーケットガーデン作戦を成功させることです。

ゲームシステムは一種のカードドリブン方式です。ただしプレイヤーが手札を引くのではなく、引いたカードに該当する部隊が活動するというものです。古い所ではGame Journal32号「関ヶ原大作戦」で採用されたシステムであり、最近ではGame Journal92号の「孤高の曹操」でも類似のシステムが使われています。

ソロプレイ専用ゲームといえば、潜水艦や航空機のように実際の動きを抽象的に捉えることができるテーマの作品が多いです。陸戦ゲーム、特に戦線を張るスタイルのゲームではユニットの細かい配置が重要なのでソロプレイゲーム向けのアイテムとは言い難い面がありました。そういった点でこのゲームがWW2型の地上戦闘をどのようにソロプレイゲームとして落とし込んだかは興味深い所です




Game Journal 90-モントゴメリーの憂鬱、孤高のアルンヘム Game Journal 92-孤高の曹操 Game Journal 88-激闘ロンメル・マッカーサー ドイツ装甲軍団1
遠すぎた橋 西部戦線 (歴史群像アーカイブVol.17) Tank Killers: A History of America's World War II Tank Destroyer Force ドイツ重戦車 戦場写真集

===========================================================
「海空戦!南太平洋1942」は自作の空母戦ゲームです。
作品についての詳しくは--> こちらのページ をご参照下さい。
また入手方法は-->こちら をご参照願います。
===========================================================

海空戦南太平洋1942 自作の空母戦ゲーム「海空戦、南太平洋1942」(以下、本作)の対戦記録である。シナリオは「Op.6 南太平洋海戦」の対戦プレイである。私は日本軍を担当する。また選択ルールは全部採用することにした。

前回までのあらすじ-->こちら

3Turn(10月25日1400)

TBF_CV6またもや機動部隊が敵艦載機の攻撃を受けた。8機の戦闘機に援護された約20機の雷撃機だ。幸い上空援護の零戦隊が敵機の接近に気づき、艦隊に近づく前にその大半を撃墜してくれたので、艦隊は被害を受けずに済んだ。それにしてもどうしたものか。先手を取って敵空母を撃沈したにもかかわらず、その後は敵の一方的な攻撃を許している。機動部隊司令部の作戦指揮の手緩さには、不信感を禁じ得ない。

写真09


それでもしばらくして機動部隊から第3次攻撃隊発進の報が届いた時には正直ホッとした。これで残った敵空母も始末してくれるだろう。機動部隊が用意したこの攻撃隊は、零戦18機、艦爆18機、艦攻9機の計45機よりなり、攻撃隊長は戦闘機隊の指揮官だという。朝からの攻撃で艦爆、艦攻隊が大きな被害を被ったので、比較的被害の少なかった戦闘機隊の指揮官が隊長に選ばれたのだろう。そのためか、この攻撃隊も再びミスを犯すことなる。

写真10


その頃彼我の距離はかなり接近し、その距離は100~150海里であった。従って発進して1時間も飛ぶと敵艦隊を見つけることができる。しかし攻撃隊を率いる若い隊長は、またもや空母を含まない敵艦隊を敵主力と誤認し、攻撃してしまったのである。

写真11


敵戦闘機の妨害を突破した攻撃隊は、敵艦隊を狙った。しかし空母が見えない。そこで攻撃隊は輪形陣外周の重巡を狙うことにした。輪形陣の中心にいる戦艦を狙うと、対空砲火によって凄まじい損害を強いられることはこれまでの攻撃で経験済みである。それなら輪形陣の外側の艦を狙って、少しでも対空砲火の損害を減らしたい。それが攻撃隊の狙いであった。

US_CA26a彼らが狙ったのは重巡「ノーザンプトン」である。「ノーザンプトン」には魚雷2本と爆弾3発が命中した。「ノーザンプトン」は大破して洋上に停止した。一方の損害は、戦闘機による迎撃も含めて零戦3機、艦爆6機、艦攻3機の計12機である。

[B-17]米軍による攻撃も執拗であった。米空母機による散発的な攻撃も続いていたが、エスピリッツサントを発進したB-17 36機が機動部隊上空に姿を現した時には肝を冷やしたという。B-17の方が欲をかいて中高度まで降りてきてくれたことが逆に幸いし、零戦隊が敵機の半数を撃退し、残りの半数も対空砲火が撃退して空母には被害はなかった。B-17による攻撃はどうせ「まぐれ当たり」が狙いなので、高高度から狙った方が米軍にとっては良策だったかもしれない。

4Turn(10月25日1800)

太陽が西の空に輝いている。今日という日が終わろうとしているが、まだ空母同士の戦いは続いている。両軍とも帰還してきた攻撃隊を再整備し、最後の攻撃を仕掛けようと空母艦上で準備を進めている。どちらの攻撃隊が先手を取るかがこの戦いの勝敗を分けることになるかもしれない。

写真12


JP_CV7aこの日最後の第4次攻撃隊で機動部隊が準備できたのは、零戦13機、艦爆9機、艦攻9機の計31機であった。僅か31機。これが機動部隊に残された最後の攻撃隊だというのも寂しい限りだ。だが我々にとっては頼もしい援軍が到着した。第2航空戦隊の「隼鷹」がようやく機動部隊本隊に合流したのだ。「隼鷹」は準備していた攻撃隊を発進させた。それは零戦9機、艦爆9機、艦攻6機の計24機だ。決して大編隊とは言えなかったが、今の我々にとっては百万を味方を得たにも等しい戦力だった。

何度もミスを犯した攻撃隊だったが、今度はミスを犯さなかった。彼らは冷静に敵空母を探し、遂に無傷の敵空母を発見したのだ。周囲に巡洋艦や駆逐艦を従えた空母「ホーネット」である。護衛艦艇の中には、対空砲を林立させた新鋭の防空巡洋艦が4隻混じっている。

写真13


US_CV8a艦爆隊は敵戦闘機の妨害を受けて攻撃機会を失い、艦攻隊による攻撃に全てを託された。防空軽巡4隻を含む猛烈な対空砲火が僅か9機の艦攻に集中する。9機の艦攻は文字通り全滅した。しかし撃墜される前に放った魚雷の1本が「ホーネット」に命中した。その時「ホーネット」の格納庫内では攻撃準備中のSBDドーントレス18機が爆弾を装備して待機していた。ここに火が回ったのだからたまらない。ミッドウェーで日本空母を襲った惨事が、形を変えて「ホーネット」を襲ったのである。

USS BunkerHill


US_CL52a大火災と戦う「ホーネット」上空に現れたのは、「隼鷹」を発進した攻撃隊だった。今度は艦爆隊が対空砲火を上手く潜り抜けて「ホーネット」に1弾を命中させた。一方で艦攻隊は対空砲火によって目標をそらされ、防空軽巡「アトランタ」を狙ったが外れた。

この攻撃がこの日日本軍によって行われた最後の攻撃となった。大火災となった「ホーネット」だったが、持ち前のダメコンが威力を発揮し、沈没は免れて大破により戦場を離脱した。しかし最早航空機の運用能力は残っていなかった。日本空母の対決を諦めた米機動部隊は、損傷艦を守りながら戦場を離脱した。後に「南太平洋海戦」(米国名サンタクルーズ沖海戦)と呼ばれる空母決戦は、米海軍をして「史上最悪の海軍記念日」と言わしめるほどの戦いとなり、日本機動部隊にとっては戦争を通じて最後の勝利となった。

結果

日本軍の損害

 沈没:駆逐艦「秋月」
 大破:重巡「鈴谷」
 小破:空母「翔鶴」
 航空機:159機(うち空母艦載機86機)

米軍の損害

 沈没:空母「エンタープライズ」
 大破:空母「ホーネット」、重巡「ノーザンプトン」
 小破:戦艦「ワシントン」
 航空機:115機(うち空母艦載機94機)


感想

JP_G4M今回はこの時点で終了としました。プレイ時間は約6時間。1Turnの平均所要時間は約1.5時間です。今回はVASSALを使いましたが、1日で終わらせることができました。今回は初日で決着がついたので比較的短時間で終了しましたが、もし海戦が翌日まで延びると、プレイ時間は間違いなく伸びます。

第1Turnの戦いについて、少し説明しておきます。
本文中では、「旗艦での通信トラブル」などと苦しい言い訳をしましたが、実際の所、日本軍のアクションフェイズでのダイスが振るわず、全く主導権が取れなかったのです。こういうのは結構珍しいのですが、この時は本当にダイスが振るいませんでした(VASSALの呪いか?)。本当に攻撃隊を出す間もなく米軍の全力攻撃を浴びる結果となってしまったので、もし、この時こちらの正規空母が被弾していたら、その時点でゲームオーバーでした(もしそうなったら、記事にすらならなかったと思いますが・・・)。

同じくその時に米軍の攻撃が失敗した理由は、米軍がこちらの空母の位置を大きく誤認していたからです。これは日本軍にとってはラッキーで、おかげで前衛部隊が割を食った結果になりましたが、空母が助かったのは本当にラッキーでした。

第1Turnと第3ターンの日本軍による攻撃で、「ホーネット」を見逃して戦艦や巡洋艦を攻撃する場面が出てきますが、これはゲーム中に実際にあった事例です。このゲームでは、足の速い部隊は攻撃を回避し易く、戦艦や空母のような美味しい目標がある場合や敵に近い場合は目標になりやすいルールがあります。今回は敵に近く足も遅い戦艦部隊が何度も攻撃目標になったという訳で、米軍から見れば囮作戦が上手く行った事例です。一方でこちらも史実同様に前衛部隊を用意していたのですが、こちらは(第1Turn以外は)あまりうまく機能してくれませんでした。幸い米艦載機の攻撃が稚拙だったために大損害は免れましたが、米軍側のラッキーヒットがあれば「翔鶴」は大破していたかもしれません。囮の効果を発揮するため、例えば「瑞鳳」を前衛部隊に組み込んだ方が良いかな、などと密かに考えています。

今回久しぶりに「海空戦!南太平洋1942」をプレイしてみましたが、意外と面白かったので(自作ゲームなので話半分に受け取って下さい)、機会を見つけて別シナリオをプレイしてみたいと思っています。この南太平洋海戦シナリオは、比較的短時間で決着が着くことが多く、そういった意味では有難いのですが、ちょっと大味な感は否めない。それよりもちょっと兵力的にはショボくTBDとか96艦戦とかいったビミョーな機体が登場してくる珊瑚海シナリオはどうかな。輸送船団も登場して結構作戦的には奧が深いので、次回は珊瑚海海戦でもプレイしてみようかと思っています。

なお、この戦いを米軍側の視点で見たYouTube動画も作成しましたので、併せてお楽しみ下さい。



海空戦南太平洋1942 How Carrier Fought 空母エンタープライズ上巻 空母瑞鶴戦史:南太平洋海戦

↑このページのトップヘ