もりつちの徒然なるままに

ウォーゲームの話や旅の話、山登り、B級グルメなどの記事を書いていきます。 自作のウォーゲームも取り扱っています。

カテゴリ:ゲーム > 海戦ゲーム

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「Atlantic Sentinels」は、2024年に米国CompassGamesが出版したSLGだ。テーマはWW2での大西洋における船団護衛戦で、プレイヤーは連合軍の護衛部隊を率いてUボートの攻撃から船団を守ることを目指す。
今回、キャンペーンシナリオに挑戦してみた。

前回までの展開 --> こちら

第11回航海:1942年7月前半

中佐に昇進した直後、私は60隻の大船団を率いてロンドンデリーを出航した。しかしこの航海は呪われたものであった。連日の悪天候で船団は散り散りになってしまい、落伍した船が続出。落伍船を狙ってUボートが襲ってくる。船団の被害は大型輸送船「ユリシーズ」(14,600トン)を初め4隻に達し、他に1隻が魚雷1本を食らいながらも辛うじてニューファンドランドに到着した。
我々の戦果はUボート撃沈1隻のみ。我々が被った初めての大被害であった。

写真08

第18回航海:1942年10月後半

1942年10月16日。ニューファンドランド島セントジョーンズ港を出航した我々の大輸送船団は、一路東を目指していた。これまでの17回の航海で我々は商船12隻、85,200トンを失っていた。その一方で撃沈したUボートは計14隻。決して小さな損害ではなかったが、敵に与えた被害も決して小さいものではなかった。

出港して6日後の10月22日夜半。我々はUボートの集団による攻撃を受けた。合計7隻のUボートよりなるウルフパックである。最初に攻撃してきた4隻のUボートは、船団を包囲するように左右及び前方から襲撃を企てた。しかしこの4隻は、HF/DF、271型レーダー、そしてASDICによって次々と捕捉された。2隻のUボートを撃沈し、残る2隻は損傷を与えて追い払った。

写真09


続いて第2波のUボート3隻が船団左側から近づいてきた。3隻のうちHF/DFで1隻、ASDICで1隻を捕捉したが、遂に1隻のUボートが護衛スクリーンを突破した。Uボート1隻を撃沈したが、Uボートの雷撃によって輸送船2隻に魚雷が命中した。幸い両船とも沈没こそ免れたが、損傷によって船団から落伍していった。なお、この時輸送船に命中魚雷を与えたUボートは、その後再び船団襲撃を試みた際、護衛部隊に発見されて撃沈の憂き目を見ている。

写真10


この4日後、船団がアイスランド南方に到着した頃、再びウルフパックの攻撃を受けた。今回はUボートが4隻。先ほどよりも隻数は少なかったが、悪天候のため船団の隊形が乱れていた。

そして、そこを狙われた。

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落伍船を狙ってUボートが近づく。がっちりと陣形を組んだ輸送船団はUボートの攻撃に対して強力であったが、落伍した輸送船はUボートのカモに過ぎない。輸送船3隻が撃沈され、1隻が大破した。損失トン数は16100トンに達した。
一方、攻撃してきたUボート4隻のうち1隻を撃沈した。この航海を通して撃沈したUボートの隻数は合計5隻。損害も大きかったが、敵に与えた戦果も大きい航海であった。

第25回航海:1943年2月前半

大西洋の冬は厳しい。毎日のように嵐が吹き荒れる。嵐の中では船団は隊形を維持できないし、頼みの長距離哨戒機も飛来しない。我々にとってもっとも嫌な季節が冬だった。

写真12_荒天の大西洋


しかし長かった冬もようやく終わろうとしていた。この頃になると我々の装備も当初からは見違えるほど強化されていた。旗艦の駆逐艦「ハブロック」には新型の前投兵器ヘッジホッグが装備されていた。また271型レーダーもこの時期になると一部の旧式駆逐艦を除いて殆どの艦に装備されていた。

写真13_ヘッジホッグ


この航海では、我々は3度に渡ってUボートの群狼攻撃を受けた。しかし強化された護衛部隊はUボートに対して牙をむいた。この航海だけで実に8隻のUボートを海底に葬ったのである。しかもその半数が「ハブロック」に装備されたヘッジホッグによる戦果だった。

もっとも、数で襲い掛かるUボートの攻撃から船団を完全に守り切ることはさすがに難しく、この航海では輸送船3隻、合計19,100トンが撃沈されてしまったのだが・・・

第29回航海:1943年4月前半

我々が船団護衛の任務に就いてから既に1年以上の月日が流れていた。昨年の今頃に比べると、今は隔世の感がある。当時はわずかに1隻に装備されていた271型対水上レーダーも今では全ての護衛艦に装備されていた。また当時は1基もなかった前投対潜兵器ヘッジホッグも、今では凡そ半数の護衛艦に装備されていた。さらに船団上空には常に大型哨戒機が飛び回り、大型哨戒機の行動範囲外では護衛空母を発進した艦載機が監視の目を光らせていた。

写真14_USS_Bogue

今回の航海は、強化された我々の対潜網がその威力を発揮した。ロンドンデリーからセントジョーンズに向かう途上、我々は大規模な群狼による攻撃を受けた。その群狼は9隻のUボートよりなっており、彼らは2波に別れて船団を包囲するように攻撃してきたのである。しかし我々の対潜防御は彼らの攻撃を完全に阻止した。

襲撃してきた9隻のうち、実に5隻のUボートを撃沈した。そのうち4隻はヘッジホッグによる戦果だった。残りの4隻のうち、2隻は襲撃前に護衛空母を発進した艦載機による攻撃を受けて急速潜航を余儀なくされた。残り2隻は船団への襲撃を試みたものの、我々の警戒網に捕まって反撃を受け、損傷を被りながらも辛くも戦場を離脱していった。

写真15


第34回航海:1943年6月後半

この航海が私にのって最後の護衛任務となった。6月中旬のある日にニューファンドランド島を出航した我々は、長距離哨戒機と護衛空母に守られて東を目指した。その航海は比較的平穏な航海であったが、あと2日でイギリスに到着するという日で我々は群狼の攻撃を受けた。その群狼はUボート3隻という比較的規模が小さいものであったが、悪天候が敵を利した。

荒天の為に船団から落伍していた1800トンの「トレビサ」がUボートの攻撃を受けた。遠距離から発射された魚雷1本が「トレビサ」に命中。小型船の「トレビサ」は浸水を止められずに沈没した。これが私の輸送任務で喪われた最後の輸送船となった。

直ちに反撃に出た護衛部隊はフラワー級の「ゴデチア」と「カメリア」がUボートを追撃。ASDICで探知した「ゴデチア」が、ヘッジホッグでこのUボートを撃沈した。
「ゴデチア」は夜に入って船団襲撃を企てた別のUボートをヘッジホッグで仕留めており、この日だけで2隻のUボートを仕留めたことになる。

結果

この航海を最後に私は護衛任務から退いた。私の最終的な戦歴は以下の通りである。

・護衛回数:34回
・護衛対象:1820隻
・船舶損失:24隻(130.300トン)、損失率1.31%
・撃沈戦果:Uボート42隻

感想

キャンペーンの結果は「決定的勝利」でした。Uボートを64隻も沈めたのが大きかったです。
とはいえ、若干の違和感は禁じ得ません。
こちらの護衛部隊は損失ゼロ(損傷艦すらなかった)で果たして40隻ものUボートを撃沈できるものなのでしょうか?。大西洋の戦いとは、これほど容易な戦いだったのでしょうか?。私のルール適用が実は間違っているのでは?。

苦言を少し続けると、このゲームとにかくチャートの配置が下手です。プレイを始めると複数枚のチャートをあちらこちらから引っ掻き回す必要があります。さらに一工夫すれば少しは使いやすくなりそうなのに、無造作に配置されているので使いにくい。極めつけは船の大きさ判定で、ダイス目と船の大きさについて順番がバラバラなので、大きさを判断するために船名表を見なければならない。船の大きさがダイス目の順番に並んでいれば、船名表を見る機会を激減できたはずなのですが・・・。

さらに言えば、このゲーム、プレイヤー側に「頭を使う」場面が殆どありません。護衛艦の隻数が少ない場合には少しだけジレンマが発生しますが、護衛艦が増えてくると手数が足らないという場面が殆どなくなり、船団の全周の守りを固めて、さらに落伍船への護衛を割り当てることもできます。プレイヤーの仕事は、護衛艦一旦配置すると、あとはひたすらダイスを振るだけ。プレイ中に「一体俺は何をやっているんだろう?」と違和感を覚えることもしばしばでした。

まあ苦言はこれぐらいにして、今回のプレイで威力を発揮したのはHF/DFとレーダーです。特にHF/DFで事前探知するUボートがとにかく多い。もしHF/DFがなければ、船団の被害は倍増どころでは済まなかったと思います。
レーダーはHF/DFほどではないですが、それでも夜間に襲撃をかけてくるUボートを事前発見するのに威力を発揮しました。序盤はレーダー装備艦が少なかったのですが、少しずつ増えていき、最終的には全艦がレーダーを装備するに至りました。

ちなみに今回のキャンペーンでは、最初からHF/DFをレーダーを持っていましたが、ゲーム開始時にHF/DFを持っている可能性は30%、レーダー装備艦を保有する可能性は60%です。確率40%で登場するカナダ軍護衛部隊は、HF/DFもレーダーも持っていません。だから「地獄の大西洋」を味わいたい方は、是非カナダ軍に挑戦してみて下さい。

写真16_HMCS_Kenogami_(K125)


Atlantic Sentinels Carrier Battle - Philippine Sea War at Sea 第2次大戦のイギリス軍艦
大西洋、地中海の戦い 恐るべきUボート戦 Uボート戦場写真集 イギリス海軍の護衛空母

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「Atlantic Sentinels」は、2024年に米国CompassGamesが出版したSLGだ。テーマはWW2での大西洋における船団護衛戦で、プレイヤーは連合軍の護衛部隊を率いてUボートの攻撃から船団を守ることを目指します。
そう、このゲームはソロプレイ用ゲームなのです。プレイヤーの立場は船団護衛部隊の指揮官。対するUボートはゲームシステムに従って自動的に出現し、船団を襲ってきます。プレイヤーは船団の被害を極限し、Uボートを撃破することを目指します。

写真01


プレイは、1つの航海だけをプレイするシナリオもありますが、一般的なプレイスタイルは、複数回の航海を繰り返して約1年半の長期戦を戦うキャンペーンシナリオです。扱っている時期は1942年2月~翌年6月です。この時期、大西洋の戦いが最も激しかった時期でもあり、Uボートの脅威によって英国は非常な危機に陥っていました。1943年3月から護衛空母が船団護衛につくようになり、Uボートの脅威は大幅に軽減されました。この時点でUボートの脅威は連合軍の対策によって抑え込まれ、大西洋の戦いは事実上終焉を迎えることになります。

写真02_英護衛艦艦橋


プレイヤーは、大西洋で連合軍が優位を確立するまでの間、護衛船団を守って大西洋で戦い続けることになります。

第1回航海:1942年2月前半

このゲームでは、ゲーム開始時に護衛部隊のタイプを決定する。後で判明することだが、この護衛隊タイプの決定が極めて重要で、ここで「外れ」を出すと、後々苦労することになる。

今回の出目は5で、英海軍の護衛グループB5となった。その内訳は、護衛グループ指揮官が乗船する駆逐艦「ハブロック」(HMS Havelock)の他、駆逐艦3隻、コルベット艦3隻である。駆逐艦は、H級、タウン級、V&W級の混成だが、ゲーム上、駆逐艦の種類の違いはあまり大きな影響はない(少しだけある)。コルベット艦は有名なフラワー級だ。

写真03_HMS_Havelock_DD


ちなみに護衛部隊はイギリス海軍、カナダ海軍、アメリカ海軍の3パターンがあり、カナダ海軍は他の2ヵ国に比べて装備が劣る。護衛部隊の大きさや国籍はランダムに決まるので、ここでカナダ海軍になってしまうと、前途多難となる。今回は運良く装備優良なイギリス海軍になった。
さらに今回の編制では、最初からHF/DF(「ハフダフ」と読む、短波方向探知機で、船団付近で通信を行うUボートを事前探知できる可能性がある)を装備していた。

写真04_HF_DF


我々が護衛する船団は、2月上旬に北アイルランドのロンドンデリーを出航した。船団は約60隻の輸送船よりなり、それを我々7隻の護衛艦が護衛する。
我々はUボートの襲撃を警戒しながら西へ向かう。途中何度か潜望鏡発見の報告はあったが、幸いUボートの襲撃はなかった。出航してから約2週間後、60隻の輸送船団は1隻も失うことなくカナダのニューファンドランド島に到着した。

第2回航海:1942年2月後半

我々は新たな船団を護衛して今度はニューファンドランドから東へ向かった。
大西洋のほぼ中間海域に差し掛かったころ、我々は最初の試練を受けることになった。船団がウルフパックの攻撃を受けたのである。ウルフパックとは複数の潜水艦からなる攻撃グループのことだ。
我々は4隻の駆逐艦を2隻ずつ船団の左右に配置し、2隻のコルベット艦を船団の前方に、1隻を後方に配置した。

写真05


まず昼間に3隻のUボートが接近を図るが、そのうち1隻をHF/DFで、別の1隻をASDICで捕捉。いずれも爆雷攻撃を加えて追い払った。別の1隻は慎重に夜を待っていた。
最後の1隻が夜間に襲撃を企てるが、HF/DFがそのUボートを探知。駆逐艦2隻で爆雷攻撃を加えて、ようやく1隻を撃沈した。船団における初のUボート撃沈である。

しかし2日後に悲劇が待っていた。1隻のUボートが白昼堂々護衛艦の防御スクリーンを突破し、船団内部に進入。魚雷4本を発射したのである。2本の魚雷がそれぞれ6700トンの「パナイーバ」と5000トンの「ヴァクライト」に命中。前者は沈没、後者は不発魚雷1本に助けられて何とか大破で踏みとどまった。

幸いその後はUボートによる襲撃はなく。船団は損失1隻でなんとかロンドンデリーにたどり着いた。

第10回航海:1942年6月後半

このあと、我々は何度か大西洋を往復した。その間、何度かUボートの攻撃を受け、時には恐るべきウルフパックの攻撃を受けることもあった。しかし我々はUボートによる攻撃を撃退し続け、輸送船団の損害を最小限に食い止めていた。この日までに我々が失った輸送船は、先に記した「パナイーバ」の他、5月の航海でUボートの攻撃を受けて撃沈された4500トンの「ケープ・ロドネー」だけであった。この時は凄腕のUボートが護衛部隊の僅かな隙をついて船団に護衛スクリーンを突破。船団の2隻に魚雷攻撃を仕掛けて1隻を仕留めたのである。我々はそのUボートを追ったが、彼が手傷を負いながらも我々の追撃を振り切った。

その一方で、これまでの航海で我々が仕留めたUボートは計5隻に達した。特に威力を発揮したのはHF/DFで、船団外周で通信を行うUボートを高い確率で捕捉し、複数の護衛艦で追い詰めて撃沈していったのである。

そして6月下旬。我々はカナダのニューファンドランド島セントジョーズを出航した。今回護衛対象は約40隻の輸送船団である。約40隻といえば多いように思えるが、当時最大規模の船団は60隻にも達しており、40隻という隻数は船団の規模としては比較的小規模といえた。

その頃には我々の護衛部隊も強化され、隻数は8隻、レーダー装備艦も2隻に増えていた。乗組員の練度も向上し、船団護衛に対する自信を深めつつあった。

最初の数日は何事もなく過ぎた。出航から5日目、そろそろ味方哨戒機の哨戒圏内に入ろうとしていた頃、我々は1隻のUボートの攻撃を受けた。その艦は単独行動中の1艦であったが、我々の護衛スクリーンを巧みに突破し、船団内部に潜入。4本の魚雷を発射した。13700トンの大型タンカー「ニューサビア」に4本の魚雷が次々と命中。「ニューサビア」は一瞬のうちに沈没した。轟沈であったため生存者はなかった。我々は直ちに敵潜を探したが、彼は巧みに我々の追撃を振り切って深海に姿を消した。

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しかし彼は欲張り過ぎた。一旦船団を離れた彼は、船団の左舷方向から再度の襲撃を企図してきた。しかし今度は駆逐艦「ハブロック」の271型レーダーがUボートの接近を捉えた。「ハブロック」は僚艦と行動してUボートを追い詰め、遂にこれを撃沈した。

この戦いから2日後、我々は大規模なウルパックによる攻撃を受けた。最初に襲ってきたのは4隻のUボートである。彼らにとって不幸なことは、接触したのが夜間ではなく昼間であったことだ。明るい昼間はUボートにとっても襲撃に適した時刻ではなかったのだ。
4隻のUボートのうち2隻が防御スクリーンの突破を試みた。左舷から接近を試みたUボートは、レーダーによって探知され、爆雷攻撃で損傷を被りつつ辛くも離脱していった。
一方、右舷から突破を試みた別のUボートは、護衛スクリーンを突破。12000トンのタンカー「サラナック」に魚雷1本が命中した。命中魚雷数が少なかったので助かるかな、と、思わせたが、当たり所が悪かったのか、被雷後数時間で「サラナック」は沈没してしまう。沈没が緩慢であったため死傷者が比較的少なかったことが救いであった。
別の貨物船にも魚雷が命中したが、こちらは魚雷が不発だったので助かった。

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数時間後に4隻のUボートが船団を襲った。しかし今度は我々が船団を守り切った。襲撃してきた4隻のUボートのうち2隻を爆雷攻撃で撃沈。1隻が緊急浮上して来た所を砲撃により撃沈。最後の1隻は手傷を負わせたが、撃沈することはできなかった。

こうして我々は10回目の航海を終えてロンドンデリーに入港した。我々は2隻のタンカーを失ったが、4隻のUボートを撃沈し、撃沈スコアは計9隻に達していた。

この航海の後、私は中佐に昇進した。

つづく


大西洋、地中海の戦い 恐るべきUボート戦 Uボート戦場写真集 イギリス海軍の護衛空母

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「海空戦!南太平洋1942」は自作の空母戦ゲームです。
作品についての詳しくは--> こちらのページ をご参照下さい。
また入手方法は-->こちら をご参照願います。
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海空戦南太平洋1942 自作の空母戦ゲーム「海空戦、南太平洋1942」(以下、本作)の対戦記録である。シナリオは「Op.6 南太平洋海戦」の対戦プレイである。私は日本軍を担当する。また選択ルールは全部採用することにした。

前回までのあらすじ-->こちら

3Turn(10月25日1400)

TBF_CV6またもや機動部隊が敵艦載機の攻撃を受けた。8機の戦闘機に援護された約20機の雷撃機だ。幸い上空援護の零戦隊が敵機の接近に気づき、艦隊に近づく前にその大半を撃墜してくれたので、艦隊は被害を受けずに済んだ。それにしてもどうしたものか。先手を取って敵空母を撃沈したにもかかわらず、その後は敵の一方的な攻撃を許している。機動部隊司令部の作戦指揮の手緩さには、不信感を禁じ得ない。

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それでもしばらくして機動部隊から第3次攻撃隊発進の報が届いた時には正直ホッとした。これで残った敵空母も始末してくれるだろう。機動部隊が用意したこの攻撃隊は、零戦18機、艦爆18機、艦攻9機の計45機よりなり、攻撃隊長は戦闘機隊の指揮官だという。朝からの攻撃で艦爆、艦攻隊が大きな被害を被ったので、比較的被害の少なかった戦闘機隊の指揮官が隊長に選ばれたのだろう。そのためか、この攻撃隊も再びミスを犯すことなる。

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その頃彼我の距離はかなり接近し、その距離は100~150海里であった。従って発進して1時間も飛ぶと敵艦隊を見つけることができる。しかし攻撃隊を率いる若い隊長は、またもや空母を含まない敵艦隊を敵主力と誤認し、攻撃してしまったのである。

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敵戦闘機の妨害を突破した攻撃隊は、敵艦隊を狙った。しかし空母が見えない。そこで攻撃隊は輪形陣外周の重巡を狙うことにした。輪形陣の中心にいる戦艦を狙うと、対空砲火によって凄まじい損害を強いられることはこれまでの攻撃で経験済みである。それなら輪形陣の外側の艦を狙って、少しでも対空砲火の損害を減らしたい。それが攻撃隊の狙いであった。

US_CA26a彼らが狙ったのは重巡「ノーザンプトン」である。「ノーザンプトン」には魚雷2本と爆弾3発が命中した。「ノーザンプトン」は大破して洋上に停止した。一方の損害は、戦闘機による迎撃も含めて零戦3機、艦爆6機、艦攻3機の計12機である。

[B-17]米軍による攻撃も執拗であった。米空母機による散発的な攻撃も続いていたが、エスピリッツサントを発進したB-17 36機が機動部隊上空に姿を現した時には肝を冷やしたという。B-17の方が欲をかいて中高度まで降りてきてくれたことが逆に幸いし、零戦隊が敵機の半数を撃退し、残りの半数も対空砲火が撃退して空母には被害はなかった。B-17による攻撃はどうせ「まぐれ当たり」が狙いなので、高高度から狙った方が米軍にとっては良策だったかもしれない。

4Turn(10月25日1800)

太陽が西の空に輝いている。今日という日が終わろうとしているが、まだ空母同士の戦いは続いている。両軍とも帰還してきた攻撃隊を再整備し、最後の攻撃を仕掛けようと空母艦上で準備を進めている。どちらの攻撃隊が先手を取るかがこの戦いの勝敗を分けることになるかもしれない。

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JP_CV7aこの日最後の第4次攻撃隊で機動部隊が準備できたのは、零戦13機、艦爆9機、艦攻9機の計31機であった。僅か31機。これが機動部隊に残された最後の攻撃隊だというのも寂しい限りだ。だが我々にとっては頼もしい援軍が到着した。第2航空戦隊の「隼鷹」がようやく機動部隊本隊に合流したのだ。「隼鷹」は準備していた攻撃隊を発進させた。それは零戦9機、艦爆9機、艦攻6機の計24機だ。決して大編隊とは言えなかったが、今の我々にとっては百万を味方を得たにも等しい戦力だった。

何度もミスを犯した攻撃隊だったが、今度はミスを犯さなかった。彼らは冷静に敵空母を探し、遂に無傷の敵空母を発見したのだ。周囲に巡洋艦や駆逐艦を従えた空母「ホーネット」である。護衛艦艇の中には、対空砲を林立させた新鋭の防空巡洋艦が4隻混じっている。

写真13


US_CV8a艦爆隊は敵戦闘機の妨害を受けて攻撃機会を失い、艦攻隊による攻撃に全てを託された。防空軽巡4隻を含む猛烈な対空砲火が僅か9機の艦攻に集中する。9機の艦攻は文字通り全滅した。しかし撃墜される前に放った魚雷の1本が「ホーネット」に命中した。その時「ホーネット」の格納庫内では攻撃準備中のSBDドーントレス18機が爆弾を装備して待機していた。ここに火が回ったのだからたまらない。ミッドウェーで日本空母を襲った惨事が、形を変えて「ホーネット」を襲ったのである。

USS BunkerHill


US_CL52a大火災と戦う「ホーネット」上空に現れたのは、「隼鷹」を発進した攻撃隊だった。今度は艦爆隊が対空砲火を上手く潜り抜けて「ホーネット」に1弾を命中させた。一方で艦攻隊は対空砲火によって目標をそらされ、防空軽巡「アトランタ」を狙ったが外れた。

この攻撃がこの日日本軍によって行われた最後の攻撃となった。大火災となった「ホーネット」だったが、持ち前のダメコンが威力を発揮し、沈没は免れて大破により戦場を離脱した。しかし最早航空機の運用能力は残っていなかった。日本空母の対決を諦めた米機動部隊は、損傷艦を守りながら戦場を離脱した。後に「南太平洋海戦」(米国名サンタクルーズ沖海戦)と呼ばれる空母決戦は、米海軍をして「史上最悪の海軍記念日」と言わしめるほどの戦いとなり、日本機動部隊にとっては戦争を通じて最後の勝利となった。

結果

日本軍の損害

 沈没:駆逐艦「秋月」
 大破:重巡「鈴谷」
 小破:空母「翔鶴」
 航空機:159機(うち空母艦載機86機)

米軍の損害

 沈没:空母「エンタープライズ」
 大破:空母「ホーネット」、重巡「ノーザンプトン」
 小破:戦艦「ワシントン」
 航空機:115機(うち空母艦載機94機)


感想

JP_G4M今回はこの時点で終了としました。プレイ時間は約6時間。1Turnの平均所要時間は約1.5時間です。今回はVASSALを使いましたが、1日で終わらせることができました。今回は初日で決着がついたので比較的短時間で終了しましたが、もし海戦が翌日まで延びると、プレイ時間は間違いなく伸びます。

第1Turnの戦いについて、少し説明しておきます。
本文中では、「旗艦での通信トラブル」などと苦しい言い訳をしましたが、実際の所、日本軍のアクションフェイズでのダイスが振るわず、全く主導権が取れなかったのです。こういうのは結構珍しいのですが、この時は本当にダイスが振るいませんでした(VASSALの呪いか?)。本当に攻撃隊を出す間もなく米軍の全力攻撃を浴びる結果となってしまったので、もし、この時こちらの正規空母が被弾していたら、その時点でゲームオーバーでした(もしそうなったら、記事にすらならなかったと思いますが・・・)。

同じくその時に米軍の攻撃が失敗した理由は、米軍がこちらの空母の位置を大きく誤認していたからです。これは日本軍にとってはラッキーで、おかげで前衛部隊が割を食った結果になりましたが、空母が助かったのは本当にラッキーでした。

第1Turnと第3ターンの日本軍による攻撃で、「ホーネット」を見逃して戦艦や巡洋艦を攻撃する場面が出てきますが、これはゲーム中に実際にあった事例です。このゲームでは、足の速い部隊は攻撃を回避し易く、戦艦や空母のような美味しい目標がある場合や敵に近い場合は目標になりやすいルールがあります。今回は敵に近く足も遅い戦艦部隊が何度も攻撃目標になったという訳で、米軍から見れば囮作戦が上手く行った事例です。一方でこちらも史実同様に前衛部隊を用意していたのですが、こちらは(第1Turn以外は)あまりうまく機能してくれませんでした。幸い米艦載機の攻撃が稚拙だったために大損害は免れましたが、米軍側のラッキーヒットがあれば「翔鶴」は大破していたかもしれません。囮の効果を発揮するため、例えば「瑞鳳」を前衛部隊に組み込んだ方が良いかな、などと密かに考えています。

今回久しぶりに「海空戦!南太平洋1942」をプレイしてみましたが、意外と面白かったので(自作ゲームなので話半分に受け取って下さい)、機会を見つけて別シナリオをプレイしてみたいと思っています。この南太平洋海戦シナリオは、比較的短時間で決着が着くことが多く、そういった意味では有難いのですが、ちょっと大味な感は否めない。それよりもちょっと兵力的にはショボくTBDとか96艦戦とかいったビミョーな機体が登場してくる珊瑚海シナリオはどうかな。輸送船団も登場して結構作戦的には奧が深いので、次回は珊瑚海海戦でもプレイしてみようかと思っています。

なお、この戦いを米軍側の視点で見たYouTube動画も作成しましたので、併せてお楽しみ下さい。



海空戦南太平洋1942 How Carrier Fought 空母エンタープライズ上巻 空母瑞鶴戦史:南太平洋海戦

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「海空戦!南太平洋1942」は自作の空母戦ゲームです。
作品についての詳しくは--> こちらのページ をご参照下さい。
また入手方法は-->こちら をご参照願います。
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海空戦南太平洋1942 自作の空母戦ゲーム「海空戦、南太平洋1942」(以下、本作)。自分で作ったゲームだが、個人的にも気にいっている作品である。まずリアリティとプレイアビリティのバランスが良い。メインの作戦シナリオの場合、1日で終わらせるのはやや苦しいが、2日あれば楽にコンプリートできる。また仮に1日でも決着の見える所までは行けることが多いので、1日プレイでも十分に満足できる。
ディテールも手頃で良い。空母艦載機の三大スターである艦戦、艦爆、艦攻がそれぞれ役割と特徴を持っているので、その使い道が悩ましい。艦隊編成についても空母戦力を集中して対空防御を強化するか、または分散配備して被害極限と敵による索敵を混乱させるか、といった選択肢でも悩める。
主役以外の基地航空隊や水上打撃部隊もそれぞれ役割を持っていて、空母航空作戦の中でこれらを有機的に機能させていく所も良い。

今回、久しぶりに本作のメインシナリオである「Op.6 南太平洋海戦」を対戦プレイすることになった。今回、私は日本軍を担当する。また選択ルールは全部採用することにした。

前回までのあらすじ-->こちら

写真04


1Turn(10月25日0600)(つづき)

我に倍する敵戦闘機に対して零戦隊は果敢に挑戦していく。零戦隊の奮戦によって村田少佐麾下の艦攻隊は1機も損じることなく米機動部隊上空に達した。しかし艦爆隊の方は数機のグラマンに食いつかれて2~3機が火を噴いて落ちていく。護衛の零戦も撃墜15機を報じたものの、3機の未帰還機を出した。

F4F_CV6零戦隊の奮戦によってほぼ全戦力を保ったまま米機動部隊上空に辿り着いた攻撃隊であったが、ここで米機動部隊の猛烈な対空砲火に晒されることになった。特に凄まじい威力を発揮したのが、米空母「エンタープライズ」と2隻の新鋭戦艦に装備されていた40mm機関砲である。これは戦後に知ったのだが、「エンタープライズ」と新戦艦に搭載されていた40mm機関砲はスウェーデンのボフォース社製のもので、この海戦の直前に「エンタープライズ」と新型戦艦、そして防空軽巡に搭載されたという。この砲は遺憾ながら我々が使っていた対空機関砲よりも数段強力ものであり、そのため攻撃隊は多大な出血を見ることになった。

写真05


対空砲火の犠牲になったのは、艦攻7機と艦爆9機の計16機にも及び、敵戦闘機による被害も合わせると20機の艦攻、艦爆が帰らなかった。攻撃隊長の村田少佐も真っ先に米空母に突入し、対空砲火によって撃墜され、帰らぬ人となった。
US_CV6aしかし攻撃隊は犠牲に見合う戦果を上げた。艦攻隊は村田少佐自らが放った魚雷1本を含む計4本の魚雷を「エンタープライズ」に撃ち込んだ。魚雷命中を受けて速度の落ちた「エンタープライズ」に艦爆隊が殺到し、6発以上の250kg爆弾を「エンタープライズ」に叩き込んだ。
4本の魚雷と多数の爆弾を受けた「エンタープライズ」は、艦全体が炎に包まれて洋上に停止した。ミッドウェーで日本空母を見舞った悲劇が、今形を変えて「エンタープライズ」に降りかかったのである。日本機による攻撃は約10分間で終了したが、攻撃終了後10分を経たずして「エンタープライズ」は総員退艦が発令された。そして攻撃終了後約1時間で「エンタープライズ」は海中に没したのである。

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「敵空母1隻大破炎上中、撃沈ほぼ確実」

攻撃隊からの朗報が届く、

「まだだ、敵はまだ1隻空母が残っている」

歓喜に沸く参謀達を前に私は彼らを窘めた。そしてその米空母部隊に対して、関少佐率いる第2次攻撃隊が近づいていたのである。

D3A_CV5第2次攻撃隊も編成自体は第1次攻撃隊と同じであった。しかし彼らは大きなミスを犯してしまった。村田少佐が攻撃した敵と同じ艦隊を攻撃してしまったのである。「エンタープライズ」隊の南方約30海里には、空母「ホーネット」を中心とする機動部隊が遊弋していたのだが、彼らは「ホーネット」隊に気づかず、先に第1次攻撃隊が攻撃したのと同じ敵機動部隊を攻撃してしまったのである。

第1次攻撃隊の零戦隊が奮戦してくれたお蔭で、第2次攻撃隊に向ってくる敵戦闘機は少ない。そのため攻撃隊本隊は殆ど無傷のまま敵艦隊上空に達した。

写真06


「全軍突撃せよ」

US_BB56a指揮官機から命令が飛ぶ。彼らは殆ど沈没寸前の「エンタープライズ」を無視して無傷の敵空母を探した。しかし見つからない。そこで彼らが狙ったのは、マッシブな船体を持つ新鋭戦艦「ワシントン」であった。ノースカロライナ級の2番艦「ワシントン」は、40cm砲9門という強力な火力と最大速度28ノットを誇るアメリカ海軍自慢の新鋭戦艦である。その装甲防御力は僚艦「サウスダコタ」よりも劣る面があり、我が「大和」と比べると砲火力と装甲防御力で劣る艦であったが、それでも1942年現代で世界最強級の戦艦の1つであった。

USS BB55


「ワシントン」の前後左右から日本側の攻撃隊が殺到する。一方、「ワシントン」の対空砲火がそれを迎え撃つ。僚艦「サウスダコタ」や他の重巡、駆逐艦も激しい対空砲火を浴びせかける。次々と炎に包まれて撃ち落とされていく日本機。一部の雷撃機は激しい対空砲火を嫌って重巡「ポートランド」を狙ったが、魚雷は躱された。
攻撃隊は多大な犠牲を強いられつつも「ワシントン」に魚雷1本と爆弾2発を命中させた。しかし「エンタープライズ」とは違って分厚い装甲を誇る戦艦「ワシントン」にとってこの程度の損害は大したことはなかった。爆弾命中によって一部の対空火器が破壊されたものの、機関部は無事であり、最大28ノットの発揮も可能だった。
一方で攻撃隊の損害は凄まじいものになった。艦攻隊は半数の9機が撃墜され、帰還した機体も半数が被弾によって使い物にならなかった。艦爆隊も15機を失い、艦攻、艦爆は半数以上を失った。艦爆隊長関少佐、艦攻隊長今宿大尉も帰らなかった。

やがて攻撃を終えた攻撃隊が母艦に帰ってきた。攻撃隊の被害を知った機動部隊司令部は慄然としたという。第1波、第2波合わせて144機が出撃したが、帰還した時に使用可能機として残ったのは、零戦41機(出撃機54機)、艦爆18(同54機)、艦攻13(同36機)で、合計72機。出撃機の半数が使用可能として残った計算になるが、艦攻・艦爆は出撃機90機のうち、使用可能として残ったは31機に過ぎなかった。機動部隊の対艦攻撃力は、僅か1回の攻撃によって1/3にまで減ぜられたのである。

2Turn(10月25日1000)

JP_CV7a損害は大きかったがそれでも敵空母を1隻仕留めたのは大戦果である。ここは戦果を拡大するチャンスだ。私は機動部隊司令官に対して追撃による戦果拡大を命じた。命令を受けた機動部隊は、敵機の攻撃によって大破した「鈴谷」に駆逐艦の護衛をつけて後方に下がらせる一方、機動部隊は南下して残敵を追った。
さらに私は前進部隊に命じて「隼鷹」を前進部隊の指揮から外し、機動部隊の指揮下に入れた。ただし「隼鷹」は機動部隊本隊とは300海里以上離れていたので、敵空母を攻撃圏内に捉えるのは午後以降になりそうだ。

写真07


US_P38同じ頃、ブイン基地を発進した戦爆連合の攻撃隊がガダルカナル島の米軍飛行場を攻撃したものの、F4FやP-38といった敵戦闘機の激しい抵抗によって大きな損害を被ったという報告が入った。ガダルカナル島の米軍もなかなかしぶとい。

JP_CV5午前12時少し前に機動部隊から報告が入った。空母「翔鶴」が敵機の攻撃を受けて被弾したらしい。幸い戦闘航行に大きな支障はないようだが、この攻撃が敵空母艦載機によるものとのこと。これは戦後に判明したのだが、この攻撃は米空母「ホーネット」を発進した戦爆連合34機によるものらしい。上空援護の零戦がグラマン戦闘機との空中戦に巻き込まれている間に敵機が戦闘機の防衛ラインを突破し、機動部隊本隊を爆撃したとのこと。この時は対空砲火が敵機の約半数を撃退してくれたので「翔鶴」の被弾は1発で済んだが、もし対空砲火が仕事をしてくれなければ危ない所だった。

写真08


つづく



海空戦南太平洋1942 Pacific Carrier War 空母エンタープライズ上巻 空母瑞鶴戦史:南太平洋海戦

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「海空戦!南太平洋1942」は自作の空母戦ゲームです。
作品についての詳しくは--> こちらのページ をご参照下さい。
また入手方法は-->こちら をご参照願います。
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海空戦南太平洋1942自作の空母戦ゲーム「海空戦、南太平洋1942」(以下、本作)。自分で作ったゲームだが、個人的にも気にいっている作品である。まずリアリティとプレイアビリティのバランスが良い。メインの作戦シナリオの場合、1日で終わらせるのはやや苦しいが、2日あれば楽にコンプリートできる。また仮に1日でも決着の見える所までは行けることが多いので、1日プレイでも十分に満足できる。
ディテールも手頃で良い。空母艦載機の三大スターである艦戦、艦爆、艦攻がそれぞれ役割と特徴を持っているので、その使い道が悩ましい。艦隊編成についても空母戦力を集中して対空防御を強化するか、または分散配備して被害極限と敵による索敵を混乱させるか、といった選択肢でも悩める。
主役以外の基地航空隊や水上打撃部隊もそれぞれ役割を持っていて、空母航空作戦の中でこれらを有機的に機能させていく所も良い。

今回、久しぶりに本作のメインシナリオである「Op.6 南太平洋海戦」を対戦プレイすることになった。今回、私は日本軍を担当する。また選択ルールは全部採用することにした。

作戦計画

今回の作戦計画は結構迷ったが、極端な積極策は取らず、穏健な作戦計画で行くことにした。
日本軍の主要な戦力は大きく分けて、前進部隊(第2艦隊)、機動部隊(第3艦隊)、外南洋部隊、そして基地航空部隊である。余談だが、戦史叢書(日本の公刊戦史)を読むと、各章が「前進部隊の作戦」「機動部隊の作戦」等に分けて記述されており、日本的「縦割り組織」の実態を垣間見えて微笑ましい。

閑話休題
今回、各部隊には以下の任務を割り当てた。 まず主力となる機動部隊は、空母3隻(「翔鶴」「瑞鶴」「瑞鳳」)を基幹とし、ガダルカナル北東海域で同基地の米急降下爆撃機の行動半径外に布陣し、ガダルカナル東方から接近することが予想される米空母部隊の出現に備える。もし米空母部隊が出現したら、先制攻撃でこの撃破を図る。もし米空母が出現しない場合は、全般作戦を支援しつつ、適宜ガダルカナル島を空襲する。

次に高速戦艦2隻を主力とする前進部隊であるが、主任務はガダルカナル島の敵飛行場砲撃である。そのために昼間はガダルカナル北方から南下しガダルカナル近海に進出。外南洋部隊と合流し、夜半にガ島に接近し、艦砲射撃で飛行場を制圧する。また前進部隊に所属する空母「隼鷹」については、前進部隊本隊とは少し離れて行動しつつ、適宜前進部隊を上空援護する。また敵空母出現時は、前進部隊援護から離れて機動部隊へ向かい、機動部隊の指揮下に入って共同で空母戦に参加する。

外南洋部隊は軽巡と駆逐艦からなる快速部隊である。この部隊は本来はガダルカナル方面への輸送作戦や陸上作戦支援を担っていた。今回は前進部隊と合同でガ島近海に突入し、もし米軍が水上部隊を送り込んできた場合には、これと交戦し夜戦でこれを撃破することを目指す。

基地航空部隊の主任務は広域偵察で、特に大型飛行艇と水上偵察機で作戦海域全般の索敵を担当する。また零戦や陸攻はガ島の敵飛行場を攻撃し、敵機の活動を妨害する。

とまあ、こんな感じで考えてみたが、果たしてうまくいくか・・・。

写真01


1Turn(10月25日0600)

Marker_Rain天候フェイズにちょっとしたハプニングが起こった。ラバウルを含むエリアBが雨天となったのだ。雨天になると航空機の発進ができなくなる。朝一番でラバウル航空隊によるガダルカナル攻撃を計画していただけに、この悪天候は痛い。ガダルカナルの敵機の活動を少しでも掣肘したかったのだが・・・。

嘆いても仕方がない。戦争に悪天候はつきものだ。幸いブーゲンビル島より南のソロモン諸島は晴れている。そこでショートランド島より長距離飛行艇を発進させて索敵網を広げる。もちろん長距離飛行艇だけではなく三座水偵や各艦隊に搭載されている水上偵察機、さらに空母「瑞鳳」の艦攻隊も使って索敵網を広げる。ミッドウェー海戦の教訓を踏まえた濃密な索敵網だ。まさに水も漏らさぬ布陣である。

E13Aその索敵機が最初に敵発見を報じたのは午前7時過ぎであった。重巡「筑摩」を発進した三座水偵の1機が「敵空母」発見を報じたのである。やがて他の索敵機からも続々と敵発見の報告が入ってくる。どうやら敵は2隻の空母を基幹とする機動部隊らしい。その位置は機動部隊本隊から南南東180~210海里に2群に分かれて航行中である。手頃な攻撃距離だ。その一方で、この距離は敵から見ても手頃な攻撃距離と言える。

写真02


「直ちに攻撃隊発進せよ」

連合艦隊司令長官(ということにしておこう)の私は、直ちに機動部隊司令官に命じた。先制攻撃のチャンスだ。逆にモタモタしていたらこちらの空母が先制攻撃を食らって、まさに「ミッドウェー」の二の舞だ。
しかしどうしたことか。いつまで経っても「攻撃隊発進完了」の報告が来ない。機動部隊は一体何をやっているんだ。参謀達からも焦りと怒りの声が上がる。またもやらかしたか、南雲?

そのうちに機動部隊から「敵機来襲」の方が入る。完全に先制攻撃を許した形だ。全く何をやっているんだか。
最初に攻撃を受けたのは、機動部隊本隊の前方約30海里に展開していた前衛部隊であった。ミッドウェーの戦訓を受けて機動部隊は従来の布陣を改め、空母本隊の前方に高速戦艦と重巡を中心とする水上打撃部隊を展開させ、空母本隊の前方に阻止ラインを形成していたのである。今回、その布陣が功を奏した。

写真03


JP_CA15a上空援護機を突破して突入してきた敵急降下爆撃機は約20機。狙われたのは重巡「鈴谷」だ。鈴谷は激しい対空砲火を撃ち上げたが、敵機は臆せず襲ってくる。3発の1000ポンド爆弾が「鈴谷」に命中した。さしもの重巡でも3発もの中型爆弾が命中したら無事では済まない。「鈴谷」は火災を発し、機関部にも損傷を受けて最大速度は10ノットに低下した。

「鈴谷」被弾を報を受けた司令部は声もない。しかも米軍機による攻撃はまだ続いている。次は機動部隊本隊が狙われる。そしてその次に来る悲報は・・・。

続いて飛来した米軍機は戦闘機に護衛された艦攻約20機である。彼らはやはり前衛部隊に殺到し、重巡「熊野」の両舷から魚雷を発射した。しかし「熊野」は巧みに敵の雷撃を回避し、命中魚雷はなかった。

SBD_CV6最後に飛来した米軍機は約10機の艦爆であった。彼らは前衛部隊を飛び越え、遂に機動部隊本隊に殺到した。しかし護衛の伴わない僅か10機の艦爆であったことが幸いした。上空援護の零戦は敵機を発見し、その半数を撃墜し、残りは爆弾を投棄して逃げ去ったのである。際どい所でミッドウェーの二の舞は避けることができた。

「攻撃隊準備完了、我、直ちに敵空母を撃滅せんとす」

機動部隊からようやく待ちに待った報告が届く。参謀達の顔にもようやく安堵の色が見えた。今まで何をしていたんだという疑念は残るが、取りあえず今は味方攻撃隊の戦果に期待するしかない。これは海戦が終わった後に判明したのだが、その時機動部隊では通信トラブルが発生し、敵発見の報告が機動部隊司令部に到達するのが遅れたという。そのため敵発見を知らなかった機動部隊司令部の反応が遅れた、というのが真相らしい。

B5N_CV5何はともあれ「翔鶴」「瑞鶴」「瑞鳳」を発進した第1次攻撃隊は、「翔鶴」艦攻隊長村田少佐を隊長とする零戦27機、艦爆27機、艦攻18機の計72機からなる戦爆連合の編隊である。彼らは機動部隊本隊の南南東180海里に新型戦艦2隻に守られた敵空母を発見した。空母「エンタープライズ」。ミッドウェーやソロモン海戦で何度も刃を交えた日本海軍の宿敵である。攻撃隊の前方には約50機の敵戦闘機が舞い上がり、攻撃隊の前面に立ちふさがる。

写真04


つづく



海空戦南太平洋1942 Pacific Carrier War How Carrier Fought 空母瑞鶴戦史:南太平洋海戦

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