もりつちの徒然なるままに

ウォーゲームの話や旅の話、山登り、B級グルメなどの記事を書いていきます。 自作のウォーゲームも取り扱っています。

カテゴリ: その他

サムネ画像


今回はメンバー向けに、YouTube動画を作る上での

・どれくらい時間がかかっているのか
・実際の月収はどの程度なのか
・時給に換算するとどうなるのか

といった かなり現実的な話をしています。

公開動画ではあまり触れていない、作業量・収益・精神的にきつい部分も含めて、できるだけ正直に話しました。

また、作業時間を減らすために使っているAIや、AIの便利な点/限界についても触れています。

数字を盛ったり、「夢がある話」をする動画ではありませんが、YouTubeを続けていると実際にはこういう感覚になる、という一例として見てもらえればと思います。

こういった裏側の話や、公開ではしにくい現実的な話は、今後もメンバー向けにたまに出していく予定です。




海空戦南太平洋1942 ソロモン夜襲戦 欧州海域戦 FOX TWO!!

今日は少し「景色」について書いてみたい。

1年前の私のとって、景色は下の1つだけだった。

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しかし、そんな景色であっても、ある日は大雪に真っ白に染まった景色であったり、田植え時期の緑に染まった風景であったり、時には闇の夜に輝く美しい夜景であったり、様々なものであった。もし、この景色がなかったら、私の入院生活はもっと辛いものになっていたと思う。

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入院して10日目ぐらいに車椅子で移動できるようになった。その時、病院の中の風景や、談話室から見た外の風景を見た。これまで知らなかった世界が開けたみたいで、すごく嬉しかったことを覚えている。同じフロア、しかも精々100m四方あるかないかの空間だったが、それでも自分の世界が大きく広がったことに感激した。

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今、私は完全には治り切っていない右足を引きずって日本中を旅している。決して十分な強度はない右足だが、それでも健気に私の体重を支えてくれている。この右足が私に様々な景色を見せてくれているかと思うと、感謝の念を禁じ得ない。

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私の残りの人生。今まで私の体を支えてくれた両足に感謝しつつ、無理をしないようにしながら、見たことがない景色を求めて日本中、いや世界中を旅していきたいと思っている。

2022年1月9日(日)。僕は人生初の「骨折」を体験した。米子駅の跨線橋からホームに降りていく途中、階段の踊り場から足を踏み外し、ホーム上へ転落。その際に転倒したのだ。
診断の結果は「右膝粉砕骨折」。3ヶ月程度の入院が必要という。入院先は米子医療センター。そこから僕の入院&リハビリ生活が始まる。

前回までの展開 --> こちら

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入院76日目(3/25金)

今日のリハビリでこれまで担当していてくれた山形さん(仮名)が場所移動になるとのこと。従って今日が山形さんとの最後のリハビリになる。退院が近づくのは嬉しいことだが、これまでお世話になった看護師さんや理学療法士さんとの別れはやはり悲しい。

夕方に病棟を回ってみる。今回利用した部屋をいくつか見てみた。
最初に利用したのが626号室。比較的安価な個室である。入院した日はこの部屋だけが世界の全てだった。

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次は623号室。4人用の大部屋である。個室で2泊した後、手術前後の約1週間利用した部屋である。この部屋は手術前後の患者が利用する部屋らしい、ことは、入院後しばらくして知った。ちなみにこの部屋にいる間も、自分にとっての世界はこの部屋だけであった(トイレにも行けなかったので)

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最後に利用したのは632号。この部屋には2ヶ月以上滞在した。一番滞在期間の長い部屋である。因みにこの部屋は一番「まともな」男性患者が集められる部屋らしいことは、しばらくして気が付いた。確かに病院には「変な」人が沢山いるからなぁ・・・。

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入院77日目(3/26土)

入院生活最後の週末である。リハビリも休みなので、自主トレの他はYouTube動画をチマチマ作っていた。それからそろそろ荷造り開始。病院内のコンビニで宅急便の伝票を受け取り、さらに余っていた段ボールを融通してもらう。帰宅時には可能な限り荷物を郵送し、身軽な状態で帰宅する予定だ。

入院78日目(3/27日)

退院2日前。いよいよゴールが見えてきた。今日夕方の自主トレの最中、入院中に親しくしてくれていた看護師のMさんから「今日で会えるの最後になるからちゃんと挨拶しとくね」と言われた。嬉しかったけど、一抹の寂しさもあった。できれば病院以外のどこかで再会したいと思う。

入院79日目(3/28月)

いよいよ退院前日である。今日、午前中に最後のリハビリがあって、初めてリアルな階段の昇り降りを試みた。思いの外上手くできたが、アパートの階段はかなり急なので、油断禁物である。

昼食後は退院準備を進める。また自主トレで病棟内を歩き回る。親しくしてくれた看護師さんが何人も「明日いよいよ退院ですね」「もりつちさんが居なくなる寂しくなるわ」とか言ってくれると、こちらも別れが切なくなる。一方で別の看護師さんからは「もりつちさんが一生懸命努力していたのは皆見てましたよ」とか言われる、ホロッとしてしまう。オジサンは涙腺が脆いんだよ。

夕方には入院期間で最後の風呂に入る。シャワー室前のアヒルの標識。気に入っていたのにこれで見納めかと思うと、また涙腺が・・・。

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自主トレ等の合間に外の景色を写真に収めた。海に向かって広がる田園風景、あるいは雪を被った伯耆大山も一旦は見納めだ。だけど今年中に絶対再訪してやる、と、強く心に誓う。

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夕食のメニューはトンカツだった。奇しくも入院した日の最初の夕食もトンカツ。最後の夕食もトンカツであった。単なる偶然に過ぎないのだが・・・。

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ちなみに今日の歩行歩数は9104歩。これまでの入院期間では最高記録を更新した。これまで9,000歩前後歩いた日は、決まって夜に脚が痛くなり、看護師さんに氷を出してもらっていた。果して今晩はどうか・・・。

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夜はちょっとおセンチな気持ちになったので、某アイドルのPVをYouTubeで見続けた。

入院80日目(3/29火)

いよいよ退院日である。昨晩、脚の痛みは特になかったが、眠れなかった。3時間ほど寝た後零時前に目が覚めて、あとは本を読んだり、ウトウトしたりした。トータル4時間弱ぐらいの睡眠時間だと思う。

午前中はシャワーを浴びたり、病院内で最後の歩行訓練をする。特に大きな荷物を背負って歩く訓練や病衣ではなく普段着で歩行する練習を重点的に行う。その途中で親しくして頂いていた看護師さんから「今日で退院ですね」と声を掛けられる。泣きそうになる。
その他には空き時間を利用して病院内の風景や外の景色を写真に収める。

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午後になって入院費の請求額がやってきた。やはりかなり高額だが、保険その他で何とか賄えるはず。ギリギリか、ちょっと足が出るかもしれないが。14時に担当の看護師さんがやってきて「では降りましょう」ということになる。その時、エレベーターの前で看護師長さんや看護師さん、さらには親しくなった患者さん達が見送ってくれた。嬉しかった。以前にも言ったが、今回の入院で主治医の先生、リハビリ担当の皆さん、そして看護師さん達には本当に助けられた。心からお礼を申し上げたい。

病院のコンビニから荷物を出す。今日担当の看護師さんとお別れをし、タクシーで米子駅前に移動した。米子駅前のホテルが今日の宿である。明日の切符を受け取るために徒歩5分(普通のペースで歩いた場合)の米子駅に行く。オープンフィールドを松葉杖で歩くのは緊張したが、何とか「ミッションコンプリート」。切符を取得した。

あとはホテルでマッタリする、はずだが、着座姿勢でも足が痛い。これが退院することなのか、と、これからの厳しい日々に思いを馳せる。
夕食はホテルの和食レストラン。ビールを飲もうかとも思ったが、安全第一で止めにした。

(3/30水)

いよいよ帰宅する日である。朝4時に目が覚めて、0545にホテルを後にした。松葉杖で緊張しながら米子駅に到着。駅で待っていると、旅友さん御夫婦がわざわざ見送りに来てくれていた。

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米子発0621の特急「やくも4号」に乗る。贅沢してグリーン車に乗った。発車してしばらくすると、左手に昨日まで過ごしていた米子医療センターが見える。今日もスタッフの皆さんが一生懸命に働いているのかと思うと、感無量になる。

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それにしても「やくも」は揺れる揺れる。考えてみたら曲線区間を高速通過するべく開発された振り子式車両だ。揺れるのもアタリマエ。しかし振り子のように吹っ飛ばされて車内で転倒、なんて洒落にもならないので、岡山に着くまでは座席で我慢していようと腹をくくる。

岡山で新幹線に乗り換える。予め車椅子による介助を手配していたので、新幹線ホームまでは車椅子で移動した。乗り換え時間が少しあったので、駅の売店で「あなごめし」を購入。これが今日最初に口にする食事となった。

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新幹線は岡山から「のぞみ6号」、名古屋で「こだま714号」に乗り継ぐ。今回はグリーン車を利用したが、「のぞみ」はそこそこ客が乗っていたが、「こだま」の方は殆どガラガラ状態であった。

熱海で在来線に乗り換える。在来線内で昼食の駅弁を食べた。最寄り駅には14時前に到着。連絡の手違いがあって車いすなしでホームを少し歩くことになったが、すぐに気づいてくれた。駅からはタクシー。恐れていた自宅の階段も難なくクリアし、無事に帰宅できた。取りあえずはホッと一息。まずは第1段階クリアである。

今後もリハビリが続くことにはなるが、僕のリハビリ日記は一旦ここで終了としたい。



金を使うならカラダに使え 一生折れない自信の作り方 ドキュメント単独行遭難 「死」とは何か

2022年1月9日(日)。僕は人生初の「骨折」を体験した。米子駅の跨線橋からホームに降りていく途中、階段の踊り場から足を踏み外し、ホーム上へ転落。その際に転倒したのだ。
診断の結果は「右膝粉砕骨折」。3ヶ月程度の入院が必要という。入院先は米子医療センター。そこから僕の入院&リハビリ生活が始まる。

前回までの展開 --> こちら

入院58日目(3/7月)

2日ぶりにリハビリがあった。直立姿勢にチャレンジする。なかなか左右均等に荷重配分できない。逆に言えば、少し右にかけ気味で、ようやく均等配分ということだろう。これも練習で慣れていくしかない。いずれにしてもゴールが見えてくると、そろそろ残り時間のなさが気になってくる。

今日、歩行距離が6000歩を超えた。これまでで最高記録である。

入院59日目(3/8火)

向かいの爺さんがまたギャーギャー言っている。退屈だとか、看護師の対応が悪いとか。それだけでなくリハビリにも全然積極的ではなく、リハビリ担当の理学療法士も手を焼いていた。この爺さん、恐らく家ではワガママ放題で、奥さんがハイハイと言うことを聴いているのだろう。病院では愚痴を聞く相手もいないので、鬱憤が溜っているようだ。
いずれにしてもそう遠くない未来に自身がこのような爺さんの年齢になる。今は仕事や趣味で世間と接しているからある程度情報感度が高いと思っているが、仕事をリタイアし、趣味が減ってくると、だんだん世間との接点を失っていく。そうならないように、世間との設定を持ち、さらに広げていく努力が必要と感じたい次第。

自身のことについては、この日から立った姿勢で歯磨きができるようになった。

入院60日目(3/9水)

今日、同室の方が1名退院された。80代の方で上村さん(仮名)としておこう。これまで色々と困った人を紹介してきたが、この方は非常に理性的な方で, 我々同室の患者とも丁寧に対応されていた。
サンプルが少ないのであくまで感想だが、困った高齢者とそうでない高齢者の差は、やりたい事があるかどうかの差が大きいと思う。上村さんは新聞に投稿するのが趣味で、さらに地元の小中学生に対する交通安全指導をされているとのことであった。このように自身がやりたいことを持ち、かつ社会と接点を持ち続けている人は概して「困った爺さん」にはなっていない。
その逆が昨日紹介した我儘爺さん。新聞や雑誌を読むぐらいしか暇つぶしができないので、新聞・雑誌が自由に読めないとすぐに不機嫌になって回りに当たり散らす。自身の今後を考える際に考えさせられることしきりである。
新聞と言えば、今回の入院で感じたことは、新聞を読めないと不機嫌になる高齢者が実に多いことか。新聞あるいは地上波TVといった旧来のメディアが、特に地方高齢者に多くを依存していることが痛感できた。デジタルデバイドの成せる業かもしれないが、近い将来にデジタルデバイドが解消ないしは縮小していくと、これら旧来のメディアも命脈を失うかもしれない。

個人的には今日はリハビリが中止になったので、自主トレの回数を増やす。また鋭意作成中であったYouTube動画2本が完成したので、自身のチャンネルで予約設定しておく。



入院62日目(3/11金)

煩い爺さんが転院のため出て行った。良かった、これで少しは室内の雰囲気が良くなる。
新しく来た人は、打って変わって社交的な人。人当たりは良いのだが、話好きで困ってしまう。30分ほど昔話に付き合った後、「仕事があるので」と早々に退散した。その後はできるだけ話のきっかけを作らないように注意する。

今日から2/3荷重の許可が出た。歩き方がかなり楽になり、普通に歩くスタイルに近い状態になった。歩くスピードは今までが普通の人の1/3ぐらいだったのが、今日からは1/2ぐらいになったと思う。

入院63日目(3/12土)

今日、シャワーに松葉杖で行ってみた。できなくはないが、ちょっとおっかないので、やはり車椅子にした方にしようと思う。

今日は1日の歩行距離が遂に7000歩を超えた。ただし、2度目のスリップ事故が発生。幸い、荷重制限が前回よりも緩和されていたので、足を付いても慌てることはなかった。しかし荷重できない状態でスリップしていたら、と思うと、ゾッとする。また原因も掃除婦の過失以外に何かあるのでは、と、思ってしまう。

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入院64日目(3/13日)

眼下に見える畑では、耕作準備が始まっている。つい先日まで雪景色だったのが、今や春の風景だ。この米子で一冬越したことを嫌でも実感させられる。

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今日は日曜日でリハビリは休み。その分自主トレの回数を増やす。

入院65日目(3/14月)

2日ぶりにリハビリがあった。今日から片松葉になる。松葉杖が2本から1本に減る訳だ。その分、怪我をした右足に負荷がかかる。かなり勇気がいるが、何とか片松葉で歩けるようになった。それでも歩き始めは結構おっかなびっくり。足が痛いのであまり無理はできない。他に階段の上り下りや、寝ている状態からの起き上がり練習をする。

入院66日目(3/15火)

片松葉での歩行は、今までの2本松葉に比べるとやはり右足に負荷がかかる。重心の取り方も難しく、ややもすれば右足に過負荷がかかったかと思ってヒヤッとすることもある。歩行距離も今までよりは少し抑え気味にする。それでも1000~2000歩ぐらい歩いても特に右足の痛みが増えることはないので、まあ問題ないのだろう

入院68日目(3/17木)

1日の歩行距離が9000歩を突破した。入院以来最高記録である。片松葉での歩き方もかなり安定してきており、片松葉での自由度も増えてきた。病棟で一番狭い普通サイズのトイレにも入れるようになった。

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入院69日目(3/18金)

今日も歩行距離が9000歩を超えた。奇しくも昨日と同じ歩数である。ただ、さすがに歩き過ぎなのか、夜寝る時に右膝に痛みを覚えたので、看護師さんに頼んで氷を用意してもらった。

入院70日目(3/19土)

気のせいかも知れないが、歩くのがどんどん楽になっている。もちろん未だに右膝に違和感はあるし、荷重制限もあるのだが・・・。

入院73日目(3/22火)

3連休中にはかなり歩いたが、やはり右足の痛みが出てきた。夜寝るのが少し辛くなる。まだまだ無理は効かないと納得。

午前中に主治医の大林先生(仮名)と話をし、その時初めて退院の話が出た。こちらの希望として月末頃を希望しておいた。その後、自分の中で具体的なスケジューリングをし、29日頃退院しようと思った。そうなると、帰りの切符や予定の作成、さらには帰宅後のケアなど、色々と気になる事が出てくる。退院自体は嬉しいが、片松葉の状態で果たして通常に生活できるのか。外出は可能なのか。仕事はできるのか等、気になることが山積。まさに「夜も眠れない」状態になる。

入院74日目(3/23水)

ここ数日体温が37度前後まで上がっていたが、今日36.6度の平熱に戻った。取り合えず良かった良かった。
退院日が正式に3月29日に決定した。29日は米子のワシントンプラザホテルに1泊し、翌日にJRで帰路につくことにした。切符の手配は完了。JR介助サービスの申し込みも完了した。これで自宅までの移動は一安心だ。

入院75日目(3/24木)

退院が近づいて来たので手続きを進める。昨日は診断書を病院の文書課に申し込む。診断書の作成に約2週間かかるというのが田舎の病院と言った所か。しかし診断書の費用が安価だったのは助かった。
今日は今日で自宅へ戻った後の転院手続きを行う。退院後は入院は不要になるが、通院は継続する必要があるということ。まあずっと片松葉のままという訳にもいかないし、リハビリも続ける必要がある。大病院は避けて、駅近くのクリニックにした。これなら仕事帰りに立ち寄ることもできそう。これ以上休暇を使う訳にはいかない。

少しずつ退院後に向けた生活基盤が整いつつある。まだまだ気になることはいくつもあるが、中でもやはり松葉杖歩行の安全性が一番気になる。病院で自主トレ中にも時々杖が引っ掛かって「おっと」という場面が何度もある。転倒しそうになる所までは行かないが、ハインリッヒの法則というものもあるので、気になる所だ。明日、リハビリ担当に聞いてみようと思う。

つづく
金を使うならカラダに使え 一生折れない自信の作り方 ドキュメント単独行遭難 「死」とは何か

2022年1月9日(日)。僕は人生初の「骨折」を体験した。米子駅の跨線橋からホームに降りていく途中、階段の踊り場から足を踏み外し、ホーム上へ転落。その際に転倒したのだ。
診断の結果は「右膝粉砕骨折」。3ヶ月程度の入院が必要という。入院先は米子医療センター。そこから僕の入院&リハビリ生活が始まる。

前回までの展開 --> こちら

入院50日目(2/27日)

入院50日目。事故から7週間が経過した。今日は日曜日なので特に何もない。リハビリも休みで自主トレの回数を増やす。

入院51日目(2/28月)

同室の人が退院が翌日に決まり、今日部屋移動していった。同室の人の退院は羨ましいが、素直に嬉しい気持ちもある。
今日は平日なので中2日空いてリハビリが再開。右足を付けての歩き方、自身ではかなり上達したつもりであったが、リハビリの山形先生(仮名)からはダメ出しされてしまう。左足を踏み出す際に脚が曲がっているので、踏み出しが不十分で、そのために右足に十分な重心がかかっていないとのこと。確かに怪我をした右足に重心をかけるのが怖いので、どうしてもへっぴり腰になる傾向はある。なかなか難しいものだなぁ・・・。

入院52日目(3/1火)

今日から3月である。思えば入院生活も早くも2ヶ月が過ぎようとしている。何とか今月中に退院したいものだが、果たしてどうだろうか。

今日のリハビリで歩き方が上達したと褒められた。素直に嬉しいが、好事魔多し。その後の自主トレで右側の松葉杖がスリップして支えを失い、その時右足をかなり強く踏み込んでしまった。右足の荷重制限がこの時20kgだったが、スリップの際には多分30~40kgぐらいは踏んだと思う。スリップの原因は不明だが、廊下の摩擦係数がいきなり小さくなってスリップしたから、掃除か何かの影響と思う。
この病院、これまでも患者の扱いについて気になることがいくつかあったが、今回の件はさすがに頭にきたので看護師長を読んで苦情を述べた。看護師長曰く、掃除等が原因でスリップするようなことはないという。長々議論しても仕方がないが、こちらのミスとは思えないので納得しないまま話を終わらせた。ちなみに下の写真が問題のコーナーである。

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ゲームの話も少し。昨日からAHのGCACWシリーズをVASSALでかじってみた。Here Come the Rebels!のシナリオ1「SouthMountain」をソロでプレイ。ルール的にはなかなか面白い。プレ20世紀のゲームらしく、ズラリと戦線を張って、という感じではなく、タスクフォース同士がぶつかる感じである。また指揮官や両軍の個性等もさりげなく表現されていて良い感じである。今回は練習シナリオだけだったが、退院したらもう少し本格的なシナリオにチャレンジしてみたい。

HereComeTheRebel


入院53日目(3/2水)

昨日のスリップ事故の件、看護師長が謝罪に来た。話によると、掃除担当者が独自判断で汚れの激しい所を水拭きしたらしい。本来あってはならないことだが、看護師長によれば掃除担当者には厳重注意したとのこと。再発防止は図られたということだし、幸い事故(アクシデント)ではなくインシデントで済んだので、一応納得する。ただし個人的には掃除した直後の廊下は注意して歩こうと思う。

午前中にレントゲンとCT検査があった。良い結果を期待したい。

そういえば自宅に届く筈のGame Journal#82が到着した。郵送先を変更したので自動的に病院に届く。1日かけてじっくりと読ませてもらった。

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入院54日目(3/3木)

今日はリハビリが休みであった。例によって自主トレの回数を増やす。

午後に主治医の大林先生(仮名)がやってきて、レントゲンの結果を知らせてきた。結果は良好。現時点では問題なしとのこと。一昨日のスリップ事故もどうやら大事には至らなかったらしい。取り敢えずホッとする。このまま順調に退院できれば良いのだが。

今日、同室の方が退院された。手指の怪我で手術入院していたらしい。入院期間に酒・煙草が禁止になるのが我慢できないらしい。昨日、主治医や看護師が入院期間だけでも酒・煙草を我慢するよう説得していたが、本人は了承しなかった。この場合、病院側としては、主治医の指示を守れないとして本人の医療放棄と判断、その後の治療は対応不可となるらしい。ちなみにその患者さん、手術は終わったが抜糸は済んでいない。従ってどこか別の病院で抜糸してもらうしかないのだが、執刀医以外が抜糸できるのだろうか。まあ糸を抜くだけならできなくはないが、指の怪我って結構デリケートじゃないの。執刀医以外がやっても大丈夫なのかなぁ・・・。他人事ならが心配になる。

入院55日目(3/4金)

今日から1/2荷重許可が出た。要するに静止状態で立っていて良い、ということだ。しかし静止状態で立っているだけでも結構荷重がかかっていることに驚く。正直、まだ右足に負荷をかけるのが怖いから、1/2荷重をかけ切れていない。
松葉杖歩行は徐々にだが慣れてきた。右足に荷重をかけることも少しだけ大胆になってきた。歩く速度も、今までのような牛歩ではなく、普通の歩き方の半分ぐらいのスピードは出せるようになったと思う。

今日からシャワーが大風呂から小風呂に変わった。小風呂というのは、所謂普通の家庭用浴室に似た感じ。違う点と言えば風呂場に手すりが付いていることぐらい。小風呂は患者自身が予約するシステムなので、自分が好みの時間にシャワーを浴びれるのが良い。

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入院56日目(3/5土)

今日は土曜日なのでリハビリが休みである。その分自主トレを増やす。また松葉杖で歩く歩数も増やしてみた。今日は歩数が入院以来初めて5000歩を超えた。普段のノルマが1万歩なので、通常の半分には戻ったことになる。

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向かいベッドの爺さんが看護師と揉めていた。湯呑コップの扱いについてだが、爺さんが看護師の説明を勝手に曲解して激昂している。ボケ爺さんっぽいのだが、意味不明のことをギャーギャーウルサイ。他でやってくれ。

入院57日目(3/6日)

早朝に右足が痛くなったので、氷で冷やした。これで少し楽になった。 流石に前日に6000歩近く歩いたので響いたのだろうか。
この日もリハビリがお休み。前日程ではないが、トータルで5000歩以上歩いた。

つづく
金を使うならカラダに使え 一生折れない自信の作り方 ドキュメント単独行遭難 「死」とは何か

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