もりつちの徒然なるままに

ウォーゲームの話や旅の話、山登り、B級グルメなどの記事を書いていきます。 自作のウォーゲームも取り扱っています。

カテゴリ:戦史 > 米南北戦争

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『Roads to Gettysburg II』(以下、本作)は、GCACW(Great Campaigns of the American Civil War)シリーズの1作で、南北戦争の勝敗を決したゲティスバーグ会戦を作戦戦術レベルで描いた作品である。1Hexは実際の1マイル、1Turnは1日に相当し、1ユニットは、大隊~師団規模の部隊を表す。

今回プレイしたのは、シナリオ5「Battle of Gettysburg」だ。このシナリオは、ゲティスバーグの戦いのクライマックスとなった7月1日~3日の戦いのみを扱ったシナリオである。本作の中でも比較的小規模なシナリオなので、GCACWシリーズの入門用としても適したシナリオといえる。

今回はVASSAL対戦による通信プレイで、筆者は北軍を担当した。

前回までの展開 --> こちら

第2Turn(1863年7月2日)

南軍はその矛先を北軍左翼に向けてきた。Longstreet麾下のMcLaws師団が、北軍第11軍団に襲いかかる。Steinweber、Barlow、Stannardの各師団が次々と撃破され、第11軍団は瞬く間に戦闘力を失った。南軍、恐るべし。

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USA_Sickles_35一方の北軍は、ゲティスバーグ南方2マイルにSickles将軍麾下の第3軍団を布陣させ、ゲティスバーグ奪回の構えを見せる。この第3軍団は他の北軍師団とは異なって兵員数や火砲の数で南軍師団に近い規模になっていて、他の北軍師団よりは抵抗力の期待できる師団であった。さらに砲兵旅団1個を追加投入してその守りに万全を期している。

USA_Slocum_36北軍右翼には、新たに到着したSolcum将軍麾下の第7軍団が、南軍左翼に対して圧力をかけつつあった。さらにその前方では、DM Gregg麾下の北軍第2騎兵旅団が南軍戦線の背後に浸透し、背後を牽制しつつあった。

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第2Turn終了時点でのVPは、南軍13VPに対して北軍2VP。既に10点以上差が付けられている北軍であったが、まだ負けたとは思っていなかった。

第3Turn(1863年7月3日)

最終Turnである。このTurnの焦点はゲティスバーグの支配だ。ゲティスバーグを北軍が奪回すれば、逆転勝利のチャンスが生まれてくる。否、ゲティスバーグそのものを占領できなくても、ゲティスバーグの隣接Hexに布陣すれば南軍のVPを減らすことができる。これによって北軍が勝利する可能性は小さいが、少なくとも南軍の勝利レベルを下げることは期待できる。無論南軍もそのことは知っているので、ゲティスバーグの死守とゲティスバーグ周辺の北軍部隊排除を狙ってくるだろう。

CSA_Ewell_46まず南軍が動いた。Ewell将軍麾下の第2軍団が北軍右翼を攻撃し、北軍第2騎兵旅団を排除にかかる。一方の北軍はSolcum将軍麾下のWilliams師団が、南軍Early師団を撃破し、ゲティスバーグ東部の回廊を切り開いた。

しかし南軍もすぐにRodes師団が反撃に転じ、北軍Williams師団を追い払う。さらに南軍左翼を強化すべく、Hill将軍麾下のPender師団も防御に向かう。

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USA_Hancock_36北軍左翼からはHadcock将軍麾下の北軍第2軍団が、南軍Longstreet麾下のHood師団を攻撃。この栄光に満ちた師団を後退させることに成功した。そして戦線中央ゲティスバーグ前面では、Sedgwick将軍麾下の北軍第6軍団所属の2個師団が、恨み重なる南軍Heth師団に対して総攻撃を実施。これが見事に成功してHeth師団を敗走させることに成功した。

写真09


CSA_Longstreet_47これでゲティスバーグに隣接する2Hexを確保した北軍。できればゲティスバーグを奪回したい所だ。一方の南軍は、右翼のLongstreetをゲティスバーグ方面に回して、北軍に対して反撃したいところだ。
南軍は唯一疲労度の小さいAnderson師団を以てゲティスバーグに接敵する北軍部隊を攻撃する。攻撃を受けたのはSedgwick将軍麾下の第6軍2個師団。先ほど南軍Heth師団を撃破した部隊だ。Perter師団との共同攻撃で北軍を撃退する。
最後に残ったのはSicklesの第3軍団である。しかし彼らも南軍Anderson師団の攻撃を受けて会えなく敗走。その結果ゲティスバーグに隣接していた北軍部隊は全て排除されてしまった。

写真10


結果

北軍:敵撃破によるVP:10VP
南軍:敵撃破によるVP:28VP
   ゲティスバーグの隣接Hexに北軍が存在しない:13VP
   合計:41VP

差が31点で南軍の決定的勝利

写真11


感想

負けたぁー。完敗である。正直こんなに差がつくとは思わなかった。ゲティスバーグの周辺から一掃されたので勝てるはずはなかったが、まさか最悪の敗北になるとは・・・。
まず驚いたのが損害の差である。10対28。北軍も頑張ったといえなくはないが、損害比が1:3近くなのだから話にならない。あとで南軍プレイヤーに聞いた所、弱いユニットを狙い撃ちにしていたとのこと。なるほど。土地に拘らず部隊に拘るとこれほどVPの差がつくのかと感じ入った次第。

それでは北軍はどうすれば良かったのか?
主導権が取り辛く、かつ個々のユニットが弱い北軍が積極的に攻勢を仕掛けることは難しい。敵の包囲攻撃に注意しつつ、CRTの特性を利用して防御戦闘で相手に出血を強いるという考えは間違いないだろう。とはいえ、今回のように差がついてしまった理由は何か?

最初の軍司令官アクションを最前線の部隊で実施したことは間違いではない。早い段階で前線を形成しないと南軍に側面に回り込まれて大損害を被るからだ。出目が悪くてゲティスバーグを防衛ラインに含められなかったのはアンラッキーだったが、まあ仕方がない。

では、他に何か打てる手があったか?

史実を見ると、北軍はゲティスバーグ周囲で抵抗を続け、最終的には南軍を撃退した。それを可能としたのは兵力的な優位だった。今回のプレイでの最大の失敗は、増援の到着が遅れたことだ。部隊の疲労を嫌って緩慢な前進を行った結果、Hancockの第2軍団のゲティスバーグが2日目になってしまった(史実では7月1日午後にゲティスバーグ南方に布陣)。この遅れが南軍による各個撃破を許し、北軍の損害を増大させたものと見る。
繰り返すが、第1軍団と第11軍団のゲティスバーグ早期派遣は間違っていない。彼らがゲティスバーグに辿り着けなかったのは、単にダイス目に恵まれなかっただけだ。間違いは後続部隊の到着が遅れたこと。北軍としては万難を排して増援部隊を早期に戦場に送り込む。これを怠ったことが今回の敗因ではなかったと思う。




ブルー&グレー
南北戦争 アメリカを二つに裂いた内戦 南北戦争記 戦争指揮官リンカーン 南北戦争-49の作戦図で読む詳細戦記

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1863年夏、アメリカ南北戦争は重大な局面を迎えていた。南軍ロバート・E・リー将軍は、これまでの勝利を背景に、決戦を北部の地に求めるべくペンシルベニアへと進軍する。彼の望みは、北部住民に戦争の現実を突きつけ、ワシントン政府を揺さぶることにあった。これを阻止せんとする北軍ジョージ・G・ミード少将率いるポトマック軍もまた、急ぎ北上し、両軍はゲティスバーグの周辺でついに相まみえる。

7月1日から3日にかけて繰り広げられた戦闘は、南北戦争最大規模の会戦となり、両軍合わせて5万人を超える死傷者を出した。初日、南軍は戦場を掌握するが、やがて北軍は要地を固守し、最後はピケット突撃の失敗によって南軍の攻勢は挫かれる。この戦いは、南軍の北部侵攻を頓挫させ、戦争の帰趨を決する転換点として後世に記憶されている。

1863_Battle_of_Gettysburg_-_Restoration_by_Adam_Cuerden


『Roads to Gettysburg II』(以下、本作)は、こうした歴史的背景を踏まえつつ、ゲティスバーグ会戦そのものと、その前段階となる行軍・機動をも含めて再現するウォーゲームである。プレイヤーはミードかリーとして決断を下し、歴史的な戦いに挑むことになる。

今回プレイしたのは、シナリオ5「Battle of Gettysburg」だ。本作はゲティスバーグの戦いについて戦いそのものだけではなく、戦い前後の状況を再現する作品だが、その中でこのシナリオ5はまさにゲティスバーグの戦いのクライマックスとなった7月1日~3日の戦いのみを扱ったシナリオである。本作の中でも比較的小規模なシナリオなので、GCACWシリーズの入門用としても適したシナリオといえる。

GCACW(Great Campaigns of the American Civil War)シリーズについて少し説明しておきたい。このシリーズは、米南北戦争の戦いを旅団規模を中心としたスケールで描いた作品群である。1Hexは実際の1マイル、1Turnは1日に相当し、1ユニットは、大隊~師団規模の部隊を表す。

ゲームシステムの特徴は、主導権と活性化、そして疲労レベルで、両プレイヤーは毎回ダイス(1d6)を振り合い、出目の大きいほうが麾下の1グループを活性化できる。同じ目の場合は南軍側が活性化できるので、南軍のほうが動きやすい。活性化の際には、ダイスを振って移動力を決め、その移動力の範囲内で移動や戦闘を行う。この移動力決定の際にも南軍が北軍よりも優位になっており、南軍の質的優位が強調させるようなシステムになっている。また移動力が固定ではなくダイス目によって決まるというのも本シリーズの特徴で、出目が小さいと移動もままならない。それを補うために強行軍のルールがあるのだが、これも下手をすると麾下部隊の大量脱走を招く恐れがある。

疲労が細かく表現されているのも本シリーズの特徴で、各ユニットは0~4の疲労レベルを持っている。ユニットが何らかの活動を行うと疲労レベルが1レベル上昇し、疲労レベルが4レベルに達したユニットはそれ以上活性化できない。しかし裏を返せば、疲労レベルが3以下なら何度でも活性化可能ということになる。これは個々のユニットが強力な南軍にとっては有利に働く。事実、1turnに2度も3度も南軍部隊が襲い掛かってくる様を見た日には、北軍プレイヤーは「やっとられんわ」という気持ちになるかもしれない。

戦闘は基本的には1ユニット対1ユニットの戦いになる。両軍の戦力比、指揮値の差がDRMとなり、両軍がダイスを振ってその差分で戦闘結果を判定する。出目差がマイナスなら攻撃側敗北、0~+1で痛み分け、+2~+3で攻撃側辛勝、+4以上で攻撃側大勝利という感じだ。一般に北軍は南軍に比べて1ユニットあたりの戦力が小さく、さらに士気値も不利なので、北軍側から積極攻撃を仕掛けるのは難しい。逆に南軍は+2ぐらいの修正値なら普通にゲットできるので、南軍による攻撃が主体となる。

CRT


攻撃の最重要になるのが「側面攻撃」の概念である。これは要するに包囲のことで、完全包囲の場合は攻撃側に+4のDRMが得られる。これはかなり大きく、戦闘の結果を左右しかねない。特に機動力において北軍に勝る南軍にとって側面攻撃は切り札的な存在であり、北軍戦線の一翼を突破して敵後方に回り込み、前線に残る北軍部隊を包囲殲滅のするのが南軍の常套戦術になる。一方の北軍にとっても運よく主導権を得た瞬間、敵中に突出してきた南軍部隊を包囲攻撃し、手痛い打撃を与えるチャンスが生まれてくる。

今回のプレイはVASSALによる通信対戦で、筆者は北軍を担当した。このシナリオは南軍がゲティスバーグへ向けて進撃して来る内容で、北軍はゲティスバーグを守り切るか、最悪でもゲティスバーグに隣接するヘクスを支配すれば勝機が見えてくる。
[USA_Buford_25]下の写真はゲーム開始時の状況である。写真中央やや左にゲティスバーグの街並みが広がる。ゲティスバーグに布陣するのは北軍Buford将軍麾下の第1騎兵旅団。そして北軍の増援部隊が南方と南東方向からゲティスバーグへ向けて急いでいる。しかし南軍の先鋒Hill将軍麾下のHeth師団がゲティスバーグから7マイルの地点に既に到達している。脆弱な騎兵旅団ではHeth師団の猛攻を支えることが到底できないだろう。

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第1Turn(1863年7月1日)

US_Meade_AP5シナリオ特別ルールで、北軍はTurn開始時に軍司令官活性化アクションを実施できる。これはMeade将軍の指揮範囲内にあるユニット10個までを選択し、ダイスを振って決めた移動力範囲で移動できるというものだ。この時出目が良ければ最大7Hex移動でき、北軍の歩兵師団をゲティスバーグの守りに入れることも可能であった。しかし今回出目は最低の1。軍移動ルールによって出目2が保証されているので、3移動力を使うことができたのは不幸中の幸いと言える。
この移動によりRaynolds将軍麾下の第1軍団とHoward将軍麾下の第11軍団がゲティスバーグ南方に戦線を張った。

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CSA_Hill_46そしてゲーム開始。南軍は予想通りHill将軍麾下のHeth師団がゲティスバーグに猛攻を仕掛けてきた。北軍Buford麾下の第1騎兵旅団は無理をせずに戦闘前退却を行う。それでも南軍のゲティスバーグ突入を一時的にせよ足止めした。
次に主導権を握ったのは北軍。Raynolds将軍麾下の第1軍団がゲティスバーグの周辺に布陣する。しかし北軍の第1軍団と第11軍団の間に大きな間隙が出来てしまい、ヤバイ状況になる。

写真02


幸いなことに、その直後にも北軍が主導権を得て、第11軍団を第1軍団の左翼に展開させたが、後から思えばヤバイ瞬間であった。

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CSA_Longstreet_47南軍はゲティスバーグの東方が手薄と見。Ewell将軍麾下の第2軍団を北軍の右翼にぶつけてきた。さらにLongstreet将軍麾下の南軍最強の第1軍団が、総司令官であるLee将軍を伴ってゲティスバーグに向けてきたのである。ゲティスバーグに近づいたLongstreetは、早速北軍第1軍団を攻撃する。その犠牲になったのは、北軍Wadsworth師団で、ゲティスバーグ前面から追い払われて、方法のていで後退していった。

写真04


USA_Reynolds_36続いてRobinson師団も撃破され、北軍第1軍団は事実上半身不随の状態である。ゲティスバーグ周辺の北軍も一掃され、ゲティスバーグの周辺は南軍が支配していた。この時点でのVPは、南軍7VP、北軍1VPである。
とはいえ、この時期、戦線後方から続々と北軍の増援部隊が到着し、戦線背後を固めつつあった。兵力も十分であり、南軍に対する反撃体勢も整いつつある。まだまだ負けたとは思っていない。否、十分に勝てると思っている北軍なのであった。

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つづく




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南北戦争 アメリカを二つに裂いた内戦 南北戦争記 戦争指揮官リンカーン 南北戦争-49の作戦図で読む詳細戦記

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アメリカ南北戦争を代表する会戦「ゲティスバーグの戦い」を題材にしたウォーゲーム 『Roads to Gettysburg II: Lee Strikes North』(MMP)シナリオ5「Battle of Gettysburg」をプレイしました。 本作はGCACW(Great Campaigns of the American Civil War)シリーズの代表作で、旅団~師団規模の部隊と作戦行動を扱う作戦級ウォーゲームです。 今回はシナリオ5として、1863年7月1日~3日の歴史的な戦いを再現。南軍リー将軍の決断と北軍ミード将軍の対応、戦場の推移をボード上で追体験します。 🎲 プレイ内容 ・初期配置と両軍の状況 ・第1日目の激突 ・第2日目の攻防 ・第3日目の決戦(ピケット突撃が再現されるか?) 📌 この動画の見どころ ・作戦級ゲームならではの広がりある戦場展開 ・指揮官の行動選択がもたらす戦局の変化 ・歴史的なゲティスバーグを机上でシミュレートする迫力 🔔 チャンネル登録・高評価いただけると励みになります!




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南北戦争 アメリカを二つに裂いた内戦 南北戦争記 戦争指揮官リンカーン 南北戦争-49の作戦図で読む詳細戦記

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For the People(以下、本作)は、米国GMT社が2000年に発売したSLGだ。テーマはアメリカ南北戦争で、プレイヤーは、リンカーン大統領又はデイヴィス大統領の役割を演じる。
今回、本作をVASSALでソロプレイしてみた。今回は1862年シナリオからスタートしてみることにした。1862年といえば、南軍にリー将軍が登場し、半島戦役やアンティータムの戦い等があった年で、南軍がまだまだ快調だった時期である。

前回までのあらすじ-->こちら

8Turn(1863年夏)

CSA_Beauregard政治的に苦しくなってきた南軍は、ミシシッピ戦線で反攻に転じた。南軍ジャクソン将軍麾下のテネシー軍改めミシシッピ軍は、同じく北軍グラント将軍麾下のミシシッピ軍とCanton Cityで交戦する。兵力に劣る南軍であったが、優れた指揮によって北軍を撃破し、南軍は西部戦線での大勝利に沸いた。しかし南軍の名将ボーリガードがこの戦いで戦死した。なお、この戦いは両軍合わせて24SPという空前の規模の戦いであった。

写真11


USA_Curtis戦いに勝利した南軍であったが、兵力を著しく損じた南軍は、兵力に勝る北軍の猛反攻を受けることになる。ジャクソン将軍麾下の南軍部隊は兵力に勝る北軍部隊の攻撃を支えきれずズルズルと後退。勢いに乗る北軍部隊は重要な鉄道結節点であるジャクソンを支配し、さらにミシシッピ川に残った南軍最後の要塞であったヴィックスバーグ要塞も陥落した。一連の戦いで北軍のカーティス将軍と南軍スミス将軍が戦死する。なお、一連の戦いでミシシッピ州を北軍が支配することとなった。

写真12


Z_Destroyed著しく弱体化した南軍ミシシッピ軍を強化するため、テネシー州とジョージア州の州境を守っていた南軍部隊から2SPが引き抜かれ、A.ジョンストン将軍が率いてミシシッピ軍に急派された。これにより何とか兵力を回復したミシシッピ軍は、ミシシッピ州とアラバマ州の州境に防衛ラインを築いた。しかしそのために弱体化したジョージア北部の南軍部隊を、ビューエル将軍麾下の北軍カンバーランド軍が襲いかかった。これまでは辛うじて互角の兵力を維持していた南軍部隊だが、ミシシッピ軍への増兵によってその兵力が4SPまで減らされていた。この兵力では北軍カンバーランド軍の猛攻を支えきれない。州境は破られ北軍が州都アトランタに突入した。アトランタの市街地は焼き払われ、南部連合は政治的に大きな打撃を受けることになる。

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CSA_J_Johnstonジョージア戦線の危機を救うべく、首都防衛の任に当たっていた南軍北ヴァージニア軍からシェナンドー渓谷を経由してテネシー州への反攻作戦が実施された。作戦を指揮するのはJ.ジョンストン将軍。マナサスを発したジョンストン将軍は、シェナンドー渓谷からアパラチア山脈のふもとテネシー川沿いに南下し、テネシー州の入口というべきRodgersvilleを守備する北軍守備隊を撃破した。しかし北軍はその南西Knoxvilleに2SPの守備隊を送り込んでジョンストン将軍の南下を阻止し、さらに後方Wythevilleにバンクス将軍麾下の2SPを派遣してジョンストン将軍の後方遮断を図る。慌てた南軍は北ヴァージニア軍の主力部隊を以てバンクス軍を撃破、なんとかジョンストン将軍の後方を守り切った。またジョンストン将軍も北ヴァージニア軍本隊の合流し、テネシー州への反攻作戦は失敗に終わった。

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なお、この時北軍に直面しているマナサスには僅か2SPの兵しかおらず、北軍が全力攻撃を仕掛けてきた場合には甚だ危険な状況にはあったのだが、例によって北軍司令官マクレランの優柔不断さにより、南軍は九死に一生を得た。

Turn終了時のSW値:北軍=111/南軍30

9Turn(1863年秋)

CSS_Jackson再編成された南軍ジョンストン麾下のミシシッピ軍は、廃墟となったアトランタに突入する。アトランタで暴虐の限りを行っていた北軍カンバーランド軍に対して、怒りに燃えた南軍部隊が猛撃を加えた。北軍部隊は予想外の大反撃を受けて壊走し、テネシー州との州境へ向けて後退していく。

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南軍はさらに北軍を牽制すべく、東部戦線で機動作戦を行う。2SPからなる独立歩兵軍団を編制し、シェナンドー渓谷を横切ってペンシルバニア州に雪崩れ込む。同方面に有力な北軍部隊はいなかったので、南軍部隊は大都市ピッツバーグまで進撃してきた。慌てた北軍は、ポトマック軍からフッカー将軍が5SPを率いて討伐に向かう。フッカー軍は南軍の巧みな抵抗にあって苦戦を強いられたが、なんとか南軍部隊を排除した。

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西部戦線ではアラバマ州に侵攻してきたグラント将軍麾下の北軍ミシシッピ軍がセーラム、コロンビアを経てメーコンにに迫る。ジャクソン将軍麾下の南軍ミシシッピ軍はこれを迎え撃ち、激しい戦いの後、これを打ち破った。度重なる敗戦の報に意気消沈していた南部連合の民衆たちは、ジャクソン将軍の見事な勝利に歓喜した。

このTURNにアラバマ州が北軍の手中に落ち、今や南部連合に残るのは、ヴァージニア、ノースカロライナ、サウスカロライナ、ジョージア、フロリダ、ルイジアナ、テキサス、アーカンソーの8州のみ。しかも主要な州であるジョージア州に今や北軍主力が殺到しつつあった。

写真17


Turn終了時のSW値:北軍=103/南軍12

10Turn(1864年春)

CSA_Army_of_N_Virginia兵力不足著しい南軍は、既に全戦線で崩壊を来していた。最早防御は不可能である。かくなる上は反撃しかない。リー将軍麾下の北ヴァージニア軍8SPが北上を開始し、フレデリックを守る北軍ポトマック軍13SPと交戦する。兵力ではポトマック軍の方が優勢であったが、指揮に勝る南軍が北軍を撃破した。首都ワシントンに後退したマクレラン将軍麾下のポトマック軍に対し、リー将軍麾下の北ヴァージニア軍は猛攻を加える。一度は北軍部隊が南軍部隊を撃退したが(第1次ワシントン攻防戦)、その戦いで北軍騎兵指揮官プレソントン将軍が戦死してしまう。これが北軍にとっては痛かった。

北軍は慌てて増援部隊をワシントンDCに送り込み防備を固める。さらにリーが去った後のマナサス要塞に対して北軍部隊が攻撃を仕掛けてリーの背後を遮断しようとする。しかしいち早く迎撃に現れたリーの待ち伏せにあって北軍は大損害を受けて撃退されてしまう。

USA_CaptitalそしてリーによるワシントンDCに対する2度目の攻撃が始まった。マクレラン麾下のポトマック軍の方が兵力面では優越していたし、ワシントンには北軍の要塞もあった。しかしこの戦いでは騎兵の有無が勝敗を分けた。騎兵を失い偵察能力を失った北軍は南軍の攻撃に対して適切に対処できなかった。北軍の前線が突破されて遂に戦線崩壊。北軍部隊は総崩れとなってバルチモア方面へ撤退していった。リンカーン大統領も慌てて首都を離れていき、南部連合は遂に合衆国首都ワシントンDCを陥落させたのである。

写真18


しかし・・・

時すでに遅かった。
Z_BlockadeワシントンDCでの状況に関係なく南部戦線での北軍は、ジョージア州全域に対して侵攻を開始していた。北軍のカンバーランド軍とミシシッピ軍で合わせて24SP。対する南軍ミシシッピ軍は9SPで兵力は3倍近い違いがあった。ジャクソン将軍麾下の南軍部隊は果敢に交戦し、北軍を苦しめるも、圧倒的兵力差により遂に壊滅するに至った。さらにジョージア州全域が北軍の支配下に落ちたことで南部連合は戦争の継続が困難と判断し、ここに合衆国に対して降伏するに至ったのである。

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Turn終了時のSW値:北軍=73/南軍0

写真20


感想

USA_5SP正直難しかったです。南軍が難しいので正直どうやって良いかわかりませんでした。しかし最終Turnに試みにチャレンジしてみたワシントン攻撃が成功したことで、ある程度南部の作戦が見えてきました。南部は兵力面で北部に劣っているので、広域戦略になれば勝ち目がありません。だから局所集中で東部戦線で攻勢を加えて北部に脅威を与えるのが得策と思えます。ワシントンDCを落とすことができれば御の字ですが、仮に落ちなくても北軍に脅威を与えることで西部戦線での敵の攻勢を鈍らせることが期待できます。今回のプレイでは、東部戦線の南軍が退嬰的だったので、北軍のペースに巻き込まれてしまいました。ジャクソン将軍も敢えてミシシッピ軍の指揮官として登用せず、史実通りリーの右腕として戦わせるのが得策でした。その方がSWのロスが小さいですし・・・。

CSA_3SP今回、久しぶりにキャンペーンシナリオをプレイしてみましたが、やはり面白いですね。戦線を作るタイプのゲームではないのでどう戦って良いのか結構迷いますが、主導権をいかに敵に渡さないのかがポイントになりそうですね。研究すればするほど味が出てきそうなゲームなので、色々と試してみたいと思います。



ブルー&グレー

南北戦争 アメリカを二つに裂いた内戦 南北戦争記 戦争指揮官リンカーン 南北戦争-49の作戦図で読む詳細戦記

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For the People(以下、本作)は、米国GMT社が2000年に発売したSLGだ。テーマはアメリカ南北戦争で、プレイヤーは、リンカーン大統領又はデイヴィス大統領の役割を演じる。
本作はカードドリブンシステムを採用しており、カードプレイが本作のメインエンジンとなる。マップは南北戦争の主戦場となったアメリカ大陸南東部がP2Pで描かれており、マップ北東端がフィラデルフィア、南西端はガルベストンとなっている。1Turnは実際の4ヶ月に相当する。

今回、本作をVASSALでソロプレイしてみた。折角なのでキャンペーンシナリオをプレイしたかったが、1861年の展開は正直言って結構退屈する。だから今回は1862年シナリオからスタートしてみることにした。1862年といえば、南軍にリー将軍が登場し、半島戦役やアンティータムの戦い等があった年で、南軍がまだまだ快調だった時期である。

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4Turn(1862年春)

CSA_Forrest先手を取った北軍は、ポーター提督麾下の艦隊でメキシコ湾岸ニューオーリンズを守るFortsSt.Philip/Jacksonに対して上陸作戦を敢行した。ポーター提督によるDRM+2の威力は大きく、Philips/Jackson要塞は瞬時に陥落した。慌てて南軍はボーレガード将軍麾下の2SPを急遽ニューオリンズに送り込み、北軍の侵攻を抑え込む。

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北軍はさらに南軍に暗殺者を送り込み、優秀な騎兵指揮官であるフォレスト将軍を暗殺した。実はダイス目で決めた犠牲者はリー将軍だったのだが、さすがみリーがここで死ぬのはあんまりなので、「宇垣裁定」でリーの代わりにフォレスト将軍に犠牲になった貰った。

東部戦線では、北軍のポトマック軍が南下して南軍ヴァージニア軍を攻撃する。指揮官の能力に差があり過ぎて北軍にほぼ勝ち目はないが、北軍の狙いはそこではなかった。激戦を交えることで南軍の指揮官の戦死を狙った消耗戦である。このゲーム、勝った側の方が戦死率が高くなる仕組みになっている。だから優秀な指揮官が揃っていて戦闘に強い南軍の方が指揮官の戦死率が高い。

CSA_Lee南軍はヴァージニア軍の指揮官であったJジョンストン将軍を解任し、リー将軍をヴァージニア軍の指揮官に推挙した。軍指揮官は戦死チェックの対象外になるので、リーを戦死の危機から守るための処置である。これは政治的に見て失点が多い策だったが(前の合戦の勝者であるジョンストン将軍をクビにするのだからこれは混乱不可避、ゲーム的には国家の戦意低下という形で処理される)、リー将軍の重要性を考えると仕方がないと言えよう。

写真02


北軍バルター将軍麾下の侵攻軍がメキシコ湾岸のサービン・シティ(Sabine City)に上陸した。ここには南軍の守備隊がいなかったので北軍が容易に地歩を固めた。これにより南軍はテキサス方面でも脅威を受けることになったのである。南軍はプライス将軍麾下の2SPを直ちにテキサス方面に送り込み、北軍の侵攻を止めようとする。

写真03


Turn終了時のSW(Strategic Will=国家の戦意)値:北軍=115/南軍=84

5Turn(1862年夏)

CSS_Jackson南軍テネシー軍では、これまで指揮をとっていたAジョンストン将軍を解任し、無名のジャクソン将軍を指揮官に抜擢した。あまりの無謀な人事に南軍の士気は激減(SW値-12)した。

北軍はまたもや上陸作戦を敢行する。メキシコ湾岸モービルを守るFort Morganだ。ファラガット将軍麾下の上陸部隊がFort Morganに上陸する。ファラガット将軍の見事な指揮によってFort Morganは陥落。フロリダとミシシッピーの付近にも北軍が拠点が築いたことになる。南軍は乏しい兵力から2SPを割き、スミス将軍に預けてモービルに急行させる。

写真04


北軍はテネシー州で全面攻勢に出た。ビューエル将軍麾下のカンバーランド軍はナッシュビルから南東方向に進撃、カパラチア山脈のふもとを抜けてチャタヌーガからミッショナリーリッジに進出する。
ミシシッピー川付近では、ポープ将軍麾下の独立軍団がニューマドリッドとメンフィスの南軍要塞を攻め、いずれも陥落に追い込んだ。これによってミシシッピ川の制河権は北軍の手に移った。
結局、このTurn終了時点でテネシー州は北軍の手に陥落した。

写真05


全般的に不利な南軍は東部戦線で攻勢を仕掛けた。リー将軍麾下の北ヴァージニア軍は、マナサス付近で北軍マクレラン将軍麾下のポトマック軍を攻めた。兵力面では劣勢であった南軍だが、リー将軍の見事な指揮によって北軍を撃破し、マナサスの支配を奪取した。

写真06


Turn終了時のSW値:北軍=119/南軍=58

6Turn(1862年秋)

USA_McClellanマナサスでの勝利によってさらに北軍中枢部へ侵攻したい南軍であったが、ポトマック川に守られた首都ワシントンを右側背に残したまま、さらなる北進はさすがに危険である。南軍はマナサスに要塞を築き、守りを固める。

一方北軍のマクレラン将軍も数万を擁するポトマック軍を率いてフレデリックに布陣し、リー将軍麾下の南軍北ヴァージニア軍を牽制している。その間、フッカー将軍麾下の北軍3SPはフロリダ南部メキシコ湾岸のFort Gadsonに上陸。同地を占領していた。Fort Gadsonは、チャッタフーチ川河口にある要塞で、その上流にはジョージア州第2の都市、コロンバスがある。コロンバスを失っては一大事と、南軍は現役に復帰したA.ジョンストン将軍麾下の2SPを急遽コロンバスへ送り込む。

写真07


その間、北軍は「特許王」ジェームズ・ブキャナン・イーズの建造した多数の河川用装甲艦を就役させて制河権を確保した(北軍の上陸修正が+2から+4に上昇)。一方の南軍はフロリダのSt/Marksに封鎖突破船用の要塞を構築し、さらに英国製の新型封鎖突破船を導入した(3SPを獲得した)。

写真08


Turn終了時のSW値:北軍=111/南軍=56

7Turn(1863年春)

USA_Grant北軍にグラント将軍が登場した。直ちにテネシー軍の司令官に就任する。12SPという巨大な兵力を得たグラントは、ミシシッピ川に沿って南下作戦を開始する。ミシシッピ河畔を担当していた南軍ジャクソン将軍率いるテネシー軍とOxfordで激突する。両軍合わせて20SPの大合戦はこの戦争始まって以来最大規模のものだった。北軍は辛くも南軍を撃破。この勝利は合衆国国民の戦意を高揚させ、一方連合国の戦意を大いに下げた。勢いに乗る北軍はミシシッピ州を南下し、鉄道の結節点であるMeridianに近づいてきた。

写真09


東部戦線では南軍が限定的な反撃を実施する。リー将軍麾下の北ヴァージニア軍6SPは、マナサスを発し、西に向かってシェナンドー渓谷を目指す。Strasburgには北軍フッカー将軍の5SPが布陣していた。南軍の圧倒的優位な状況であったが、頑張り過ぎて上級指揮官の戦死者を出すのは面白くない。敢えて指揮修正を+4と低めに設定し、攻撃を実施した。とはいっても北軍の指揮修正も+1しかないので南軍が順当に勝利し、Strasburgを守るフッカー将軍はシェナンドー渓谷沿いに後退していった。

写真10


Turn終了時のSW値:北軍=108/南軍=46

つづく



ブルー&グレー

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