もりつちの徒然なるままに

ウォーゲームの話や旅の話、山登り、B級グルメなどの記事を書いていきます。 自作のウォーゲームも取り扱っています。

カテゴリ:ゲーム > 作戦級ゲーム

BAGS

1941年6月22日、ドイツ軍はソ連への侵攻を開始しました。


南へ向かったのはルントシュテット元帥率いる南方軍集団。ウクライナを舞台に、国境地帯の大戦車戦、ウマニ包囲戦、キエフを巡る攻防、オデッサ攻防など、独ソ戦初期を代表する激戦が繰り広げられます。


今回紹介するのは、GMT Gamesの『Barbarossa: Army Group South 1941, 2nd Edition』。

ヴァンス・フォン・ボリースがデザインした東部戦線シリーズの1作で、1995年に登場した初版から約30年を経て、第2版として登場します。


■ ゲーム概要
・1ヘクス:約8km
・1ターン:2日
・ユニット:大隊~師団規模
・マップ:22×34インチ×4枚
・カウンター:1/2インチ×1680個
・シナリオ:9本
・キャンペーン:全33ターン
・定価:97ドル

第2版ではコンポーネントがフルカラー化され、新マップ「JJ」、11×17インチのシナリオカード、新しいプレイヤーエイドなどを追加。


さらに『Barbarossa: Army Group Center 1941』『Barbarossa: Army Group North 1941』の第2版と連結すれば、1941年6月22日から始まる全99ターンの巨大キャンペーンもプレイ可能です。


キエフ、ウマニ、オデッサ――。

独ソ戦開戦時の南部戦線を、1ターン2日という細かなスケールで追体験する大型作戦級ウォーゲーム。その内容を、公開されている情報をもとに紹介します。

※本動画は発売前のゲームについて、公開情報をもとに制作しています。製品版では仕様・ルール・コンポーネントなどが変更される可能性があります。

#ウォーゲーム #ボードゲーム #独ソ戦 #第二次世界大戦 #GMTGames #Barbarossa #東部戦線 #キエフ





1944年9月、ファレーズでドイツ軍を撃破した連合軍は、フランスを一気に東へ進撃します。

「クリスマスまでに戦争は終わる」――そんな楽観論さえ広がった時期でした。

しかし、快進撃を止めたのはドイツ軍だけではありません。
最大の敵のひとつは「補給」、とりわけ戦車やトラックを動かすための燃料でした。

今回紹介する『Road to the Rhine』は、Frank Chadwickが1979年にデザインしたGDWの名作をCompass Gamesがリマスターした作戦級シミュレーションゲームです。

扱うのは1944年9月から1945年4月までの西部戦線。
フランスでの追撃戦、マーケット・ガーデン作戦、補給難による進撃の停滞、アルデンヌでのドイツ軍反攻、そしてライン渡河までを一つのキャンペーンとして再現します。

本作最大の特徴が「機動補給ポイント(MSP)」。
主にガソリンを表すこの資源を消費することで、プレイヤーは部隊を複数のインパルスに分けて柔軟に行動させることがで

補給があれば機動戦を展開できる。
補給が尽きれば、大軍を持っていても思うようには動けない。

西部戦線における「兵站」をゲームシステムの中心に据えた、1979年作品とは思えない興味深いデザインです。

今回のリマスター版では基本システムを維持しながら、マップをフルカラー化して大型化。カウンターもサイズアップし、部隊表示なども見やすく改良されています。

マーケット・ガーデン、バルジの戦い、そして西部戦線全体を扱うフルキャンペーンまで、計5本のシナリオを収録。

GDWの名作は、約半世紀を経てどのような姿で復活するのか。
公開されている情報をもとに、その内容と魅力を紹介します。

※本動画は発売前のゲームについて公開情報をもとに制作しています。製品版では内容・仕様等が変更される可能性があります。

※『Road to the Rhine』は2026年10月出荷予定とされています。



Game Journal 90-モントゴメリーの憂鬱、孤高のアルンヘム 主計将校:第二次世界大戦の補給戦 日本語版
補給戦 Lorraine 1944 Patton vs Manteuffel 2025年4月号:特集-アルデンヌ1944 バルジの戦い(上)


1943年秋、ナポリを解放した連合軍はグスタフ線を目指して北上を開始します。

今回紹介するのは、Mark Simonitchデザインの作戦級シミュレーションゲーム『Italy '43』です。

本作は『Salerno '43』の続編として制作され、ヴォルトゥルノ線、バルバラ線、そしてグスタフ線へと続くイタリア戦線を再現。おなじみのZOC BondsやDetermined Defenseに加え、防衛線構築やPrepared Offensive、Sustained Attackなどの新ルールによって、より戦術的な駆け引きが楽しめます。

さらに『Salerno '43』と連結してプレイできるため、サレルノ上陸からモンテ・カッシーノ直前までの戦役を一貫して体験できるのも大きな魅力です。

■この動画で紹介する内容
・イタリア戦線の歴史的背景
・『Italy '43』のゲーム概要
・新ルールと前作との違い
・収録シナリオ
・Simonitch 4xシリーズとの共通点

イタリア戦線に興味がある方、Simonitch作品のファン、作戦級ウォーゲームが好きな方はぜひ最後までご覧ください。

#ウォーゲーム #シミュレーションゲーム #Italy43 #Salerno43 #MarkSimonitch #GMTGames #第二次世界大戦 #イタリア戦線 #モンテカッシーノ #ボードゲーム



Sicily 1943
The War in Italy, 1943?1944 Allied Armies in Sicily and Italy イタリア軍入門 1939~1945

GJ36表紙

Game Journal 71-大坂夏の陣:八尾若江&道明寺 [真田幸村]「真田軍紀」(以下、本作)は、1614〜15年(慶長19〜20年)大坂の陣を再現するSLGである。かつて「天下布武」という会社から出版されたが、元々のシステムはツクダホビーから出版されていた「謙信上洛」がベースとなっている。余談だが、「天下布武」からは他には「砂漠の嵐」とかいう名前の湾岸戦争ゲームも出版されていたような記憶がある。

今回、ほぼ10年ぶりに「真田軍紀」することになった。プレイするシナリオは、シナリオ1「大坂冬の陣」である。担当陣営はダイスチェックの結果関東方となる。さてさてどうなることやら・・・・

前回までの展開--> こちら

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6Turn(10月22日)

家康本隊は鈴鹿峠を越えて伊賀上野に進出。先鋒の藤堂隊は大和郡山に進出する。

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7Turn(10月25日)

藤堂高虎大坂方は奈良方面に進出してきた関東勢を撃破すべく、真田、後藤、長宗我部らの主力部隊を奈良方面に派遣する。主力決戦を避ける関東方は、奈良方面から後退し、伊賀上野前面に布陣する。

関東方は徳川家康本隊が伊賀上野に残り、藤堂高虎は再び近江方面から京都侵入を伺う。

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8Turn(10月28日)

大坂方の主力である真田、後藤、長宗我部隊は、南山城に布陣し、近江と奈良の両面を守る布陣である。

山陽方面では、武庫川付近まで進出してきた関東方の池田忠継、鍋島勝茂に対し、明石全登が兵1万(4ユニット)を率いて迎撃に向かう。

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9Turn(11月1日)

関東方の主力第二陣、徳川秀忠、上杉景勝、伊達政宗各隊が登場してきた。いち早く進軍してきた上杉景勝隊は既に亀山城に到着。後続の秀忠、伊達隊も名古屋付近に進出してきている。

写真09


10Turn(11月4日)

関東方の主力が鈴鹿峠を離れて近江国内に進出してきた。大坂方も真田幸村、長宗我部盛親隊、毛利勝永隊を膳所に派遣して迎撃の構えを見せる。決戦機がいよいよ熟してきた。

写真10


11Turn(11月7日)

豊臣秀頼秀頼公が出陣し、京都で関白就任式を行った。秀頼が京都にいるだけで、大坂方は毎Turn8VPを得ることができる。しかし秀頼公が討ち死にすると大坂方はサドンデス負けになる上、秀頼公は真田や後藤らの武将よりも格が上になるため、戦闘時には秀頼公が指揮を取ることになる。そして想像通り秀頼公の能力は最低値だ。 だから大坂方としては、秀頼公を名目上の指揮官として戴きつつ、実際の指揮は真田幸村や後藤又兵衛といった優秀な牢人武将に取らせるといった高度な策謀が必要になる。

膳所城の南にある山地帯に布陣した大坂方に対し、関東方は膳所城の正面から攻撃を加える。圧倒的な兵力を持つ関東側の猛攻によって膳所城は瞬時に落城。膳所城に布陣した関東勢が、山に登った大坂方と対峙する。

写真11


12Turn(11月10日)

真田幸村秀頼公は京都から大坂へ撤収していった。そして大坂方の武将たちが京都の周辺に布陣する。

徳川家康、伊達政宗、上杉景勝率いる関東方の先鋒9万5千(38ユニット)が、伏見周辺で大坂方を捕捉した。大坂方は真田幸村、後藤又兵衛、明石全登、長宗我部盛親率いる約4万(16ユニット)を攻撃する。指揮能力では大坂方が勝っていたが、さすがに2倍以上の兵力を持つ東軍の優位は動かない。

一瞬(1ラウンド)で勝敗が決して大坂方は後退していく。東西決戦最初の第1ラウンドは東軍の勝利に終わった。

写真12


13Turn(11月13日)

大野治房大坂方は大野治房を京都方面に呼び寄せて、新たに天王山に面した男山付近に防衛ラインをしく。兵力は、大保治房、織田有楽が加わっていたので、約6万人弱(24ユニット)まで強化されていた。対する関東勢は、先の兵力にさらに徳川秀忠らが加わっていて、その兵力は15万以上(60ユニット以上)に達していた。

今度の戦いは地の利を占めている大坂方が有利なDRMを得ていた。しかし兵力差は圧倒的で地の利などは物の数ではない。損害は関東方の方が多かったが、兵力の乏しい大坂方が先に崩れた。こうして2度目の大規模合戦も関東側の勝利に終わった。

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この後

徳川家康その後、大坂方は大坂城に籠城し、関東勢がこれを包囲した。関東勢としては兵糧攻めで大坂城を落城させることもできるし、強襲で落とすことも可能だ。大坂方の戦力は度重なる戦闘で消耗しており、しかもいったん籠城してしまうと、最早兵力の補充ができないのだ。それに対して関東方は、強襲攻撃で消耗した兵力であっても、補充能力でいつでも補充できる。大坂方が乾坤一擲の決戦を挑んできたとしても、その指揮官は真田幸村ではなく豊臣秀頼。歴戦の家康相手に秀頼では勝負にならない。

結局、この時点で勝敗は決したとしてゲーム終了とした。

感想

今回はVASSALによる通信対戦でプレイした。プレイ時間は4時間強である。このシナリオは全28Turnとかなり長めのシナリオだが、今回のプレイで見た通り、4〜5時間程度のプレイで展開が見えてくる。

今回のプレイのように関東側が手堅く攻めると、大坂側はかなり厳しい展開になる。全く勝ち目がないわけではないが、勝つためには東軍のミスとさらに幸運の助けが必要になるだろう。

ゲームとしてはシンプルで面白いと思う。ルールは明確でわかりやすく、ルール解釈で迷う部分はほとんどない。バランスは決して良好とはいえないが、それでも大坂方は序盤に大いに暴れまわることができる、ゲームバランスのことはさておいて、大坂方の活躍と終焉を味わうというのが、本作の楽しみ方だと思う。

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真田軍記表紙

Game Journal 71-大坂夏の陣:八尾若江&道明寺真田幸村「真田軍紀」(以下、本作)は、1614〜15年(慶長19〜20年)大坂の陣を再現するSLGである。かつて「天下布武」という会社から出版されたが、元々のシステムはツクダホビーから出版されていた「謙信上洛」がベースとなっている。余談だが、「天下布武」からは他には「砂漠の嵐」とかいう名前の湾岸戦争ゲームも出版されていたような記憶がある。

徳川家康「謙信上洛」(GJ#46)をプレイされた方であればご存じの通り、システムは通常移動の他に、リアクションと強行軍という2つの移動機会があり、1Turnに計3度の移動機会がある。通常移動はノーチェックで移動可能だが、他の2回はいずれもチェックが必要で、ダイスを振って指揮官の行動値以下の出目を出す必要がある。指揮官の行動値は概して大坂方が高く、真田幸村の6を筆頭に(確実に移動できる)、後藤又兵衛、明石全登の5、長宗我部盛親、毛利勝永の4と続く。一方の関東勢は、藤堂高虎の5が抜きんでているが、あとは徳川家康の3ぐらいで、あとは1とか0とかのボンクラ揃い。大坂方の機動力に翻弄されること必定である。

後藤又兵衛他に指揮官には戦闘値と呼ばれる数値があり、これが野戦時のダイス目修正になるのだが、この数値に関しても大坂方が有利で、真田幸村の5を筆頭に、後藤又兵衛、長宗我部盛親、明石全登の4がこれに続く。一方の関東勢は徳川家康、伊達正宗の3が最強で、機動力で抜きんでている藤堂高虎でも戦闘値は1どまり。揃いも揃って関東勢は無能揃いな事か・・・。

[徳川秀忠]ただし当然ながら兵力的には関東勢が圧倒的に有利で、例えばメインシナリオである「大坂冬の陣」シナリオでは、大坂方のユニット数が合計43ユニットなのに対し、関東勢は実に2倍以上の計90ニットが登場する。仮に関東勢が全兵力を戦場に投入してきた場合、如何に真田幸村が武勇に優れていても、その兵力差を覆すことは不可能だろう。

徳川秀忠とはいっても史実に比べて大坂方の評価が全般的に甘めなのは否めないことで、特に真田幸村の行動値6については、どうみても過大評価だろう、と思わざるを得ない。だから史実の展開を期待している関東勢プレイヤーは、ゲーム上における大坂方の能力に舌を巻くことになる。史実では殆ど大阪城周辺の戦いに終始した大坂の陣が、本作では畿内全域における大機動戦になる。茨木城の片桐且元等は真っ先に大坂方の生贄になるだろう。

今回、ほぼ10年ぶりに「真田軍紀」することになった。プレイするシナリオは、シナリオ1「大坂冬の陣」である。担当陣営はダイスチェックの結果関東方となる。過去のプレイ経験によれば、このゲーム、普通に戦えば関東方の必勝ゲームである。関東側の唯一の負け筋は、秀忠隊が登場する前に家康隊が真田との決戦に巻き込まれて敗北。それによって伊達、上杉といった有力武将が愛想をつかして帰国してしまうこと。それさえなければ関東方は負けることはない。そこで関東側の方針は、とにかく

「家康は絶対勝てる戦いしかしない」 だ

そのためには秀忠隊到着以前は家康隊と大坂方との本格的戦闘は避け、大坂方主力とは間合いを取る。秀忠隊が戦場に到着した後は、全兵力を結集して大坂城を包囲。これを強襲で一気に落とす。仮に大坂方の全兵力が無傷のままで大坂城に籠ったとしても、関東方が包囲攻撃を仕掛ければいつかは大坂城は落城するだろう。強襲攻撃も十分可能で、包囲さえしておけば守備隊は兵力の補充ができないので、いつかは攻撃側が勝利できるはず。

さてさてどうなることやら・・・・

写真00


1Turn(慶長19年10月7日)

序盤、関東方は茨木城の片桐且元、二条城の板倉勝重、岸和田城の小出吉英らが城に籠って待ち構えている。史実では彼ら全員大坂の陣を生き延びたが、本作では彼らは誰一人生き残ることはできないだろう。

写真01


真田幸村大坂方は初期配置で15ユニットを出陣させることができる。大坂方のユニットは合計43ユニットで、彼らは毎ターン少しずつ大坂城から出撃してくることになる。

大坂を出撃した真田幸村は長躯京都に進出し、二条城に籠る京都所司代板倉勝重を包囲する。毛利勝永は茨木城の片桐且元を包囲。後藤又兵衛と長宗我部盛親は、守備隊のいない淀城と高槻城を強襲し、これを落城せしめた。明石全登は南に進んで、堺を制圧する。

写真02


関東方は伊賀上野の藤堂高虎を出撃させて鈴鹿峠に布陣し、彦根城の井伊直孝も関ヶ原まで後退する。

2Turn(10月10日)

片桐且元毛利勝永と長宗我部盛親が共同で片桐且元の守る茨木城を強襲する。片桐且元は善戦するも兵力に勝る大坂方の猛攻を支えきれず敗退。片桐且元も討ち死にした。

京都では、真田幸村と後藤又兵衛という大坂方を代表する2人の武将が京都所司代板倉勝重の守る二条城を猛攻する。しかしこちらは板倉隊が奮戦し大坂方を撃退。二条城は持ちこたえる。

3Turn(10月13日)

板倉勝重真田、後藤、長宗我部、毛利の4将が京都に集結。板倉勝重の守る二条城を攻撃する。さすがに大坂方主力全軍の攻撃を受けた二条城は支えきれず落城。板倉勝重も城と運命を共にした。

北陸から関東方の増援部隊が到着する、前田利常、松平忠直率いる3万(12ユニット)である。北国街道を南下してきた彼らは、賤ヶ岳の前面に布陣する。

写真03


4Turn(10月16日)

徳川家康大坂方の主力、真田、後藤、長宗我部率いる計3万人(12ユニット)が、京都の東の入口である膳所城を攻撃する。しかし膳所城の守りは固く、強襲攻撃で落とすのは困難であった。膳所城を囲んで兵糧攻めを狙う大坂方である。

東軍の主力、家康公がいよいよ登場してきた。家康公は名古屋付近まで前進してきている。また和歌山にいた浅野長晟は、大坂方を牽制するため、岸和田に進出してきた。しかし奈良方面に進出していた明石全登が急遽堺に戻ってきた。精鋭明石隊と戦っても勝ち目の薄い浅野隊は、岸和田城に籠る。

写真04


5Turn(10月19日)

明石全登大坂方の明石全登が岸和田城に来襲してきた。浅野長晟は城に籠って籠城の構えだ。十分な兵力を持たない明石隊は強襲攻撃はせずに包囲による落城を目指す。浅野長晟は、岸和田城で結構粘ったが、こののち、第12Turnに降伏してしまう。

膳所城では包囲されていた東軍がアッサリ降伏。大坂方は近江への足掛かりを確保した。

関東方の主力である家康本隊は彦根城に進出した。この時、家康本隊の兵力は7万人強(29ユニット)である。

写真05


つづく

Game Journal 71-大坂夏の陣:八尾若江&道明寺 決戦! 大坂の陣 大坂の陣 城塞(上中下) 合本版
新視点で読み解く! 関ケ原合戦と大坂の陣 真田太平記(1)天魔の夏 真田太平記(2)秘密 真田太平記(3)上田攻め

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