もりつちの徒然なるままに

ウォーゲームの話や旅の話、山登り、B級グルメなどの記事を書いていきます。 自作のウォーゲームも取り扱っています。

タグ:戦略級ゲーム

RussianFront



Russian Front(以下、本作)は米国アヴァロン・ヒル社(The Avalon Hill Game Company)が1985年に発表したシミュレーションゲームだ。テーマは第2次欧州大戦の独ソ戦で、1941年6月~1944年11月までの戦いを1Turn=1ヶ月のスケールで再現する。

本作のシステムは、 以前の記事 で記載したので、そちらを参照して頂きたい。

今回、本作を対人戦でプレイしてみた。参加者は3名で、枢軸2名、ソ連1名で担当する。下名はソ連軍を担当した。シナリオは標準的な1941年シナリオで、ルールは上級ルール及び選択ルールを全て採用した。

41年6月

ドイツ軍は国境線を突破し、ソ連領内に侵攻してきた。北方ではニェーメン川を渡河したドイツ軍装甲部隊が、敵中深く突進し、バルト海沿岸の要域リガを占領した。
中央ではブレスト・リトブスク要塞(Brest Litovsk BB4)をドイツ軍が占領。しかしヴィルナ(Vilna GG9)はソ連軍が確保している。前線ではソ連軍4個軍が包囲されて取り残された。
南方では国境線を突破したドイツ軍がルヴォフ(V3)を占領。装甲軍団はキエフへ向かう鉄道線の北側を突破してソ連軍の後方へ回り込む。
ルーマニア戦線ではルーマニア軍が総花的攻撃を仕掛けてきたが、元々の火力が小さいために大きな戦果は上がらず、むしろ損害ばかりが目に付く結果になる。

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ソ連軍は、北部戦線では北ドヴィナ川からヴィテブス(Vitebsk FF15)のラインまで戦線を後退させ、ミンスク(Minsk DD11)には足止め部隊を残す。
南部ではオデッサ(Odessa J10)を基点としてドニエストル川沿いに第1線を形成し、ブーク側の第2線を形成。さらに予備兵力をキエフ(Kiev U12)周辺に展開した。

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41年7月

北部ではドイツ軍が北ドヴィナ川の背後に回り込み、ペイプス湖南岸に回り込む。その南方ではミンスクをドイツ軍第12軍団(5-4-6)が攻略した。さらに装甲部隊の先鋒は前進し、第45装甲軍団(6-4-6)及び第47装甲軍団(7-5-6)はヴィテブスから2ヘクス以内に進出した。

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南方ではオデッサに対してドイツ軍が攻略作戦を仕掛けるも、ソ連黒海艦隊が出撃してきたためオデッサ攻略は失敗に終わる。

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ソ連軍は前方に進出したドイツ軍装甲部隊の機動性を奪うべく、その後方地帯に部隊を投入。装甲部隊の補給線を遮断する。その結果、北方では装甲5個軍団と歩兵1個軍団、南方では装甲2個軍団が補給線を遮断される。

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41年8月

足止めを食った形のドイツ軍は兵力を再編するために歩兵部隊を前に出す。その結果、ドイツ装甲部隊の後方を遮断していたソ連軍部隊は全て駆逐され、ソ連軍は戦線を下げざるを得なくなる。

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またこれまで(失念していた)フィンランド軍も行動を開始。フィンランド領内に飛び地の如く残っていたソ連軍ハンゴ要塞(Hango UU11)に対して攻略作戦を仕掛けてきた。ソ連軍もバルチック艦隊を出撃させてそれに対抗する。ハンゴ沖にはソ連軍が機雷源を敷設していたためドイツ艦隊は近づけない。海からの支援を得たハンゴ要塞の守備隊はフィンランド軍の攻撃を撃退した。

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41年9月

早くも秋の訪れ。北部戦線は雨が降った。これにより北部における両軍の機動力は大きく衰えることになる。そのせいもあってか、北部では戦線に大きな動きはない。
歩兵と戦車を組み合わせた攻撃でドイツ軍がヴィテブスを占領した。スモレンスク(Smolensk DD17)にも攻撃を仕掛けたが、航空支援を欠いた攻撃のためスモレンスク攻略には失敗した。
南方でもドイツ軍は要域キエフ(Kiev U12)を攻略。航空支援を得たドイツ軍はキエフを占領した。

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ソ連側は中部ではスモレンスクを軸として両翼の森林地帯に展開。ドイツ装甲部隊の弱点を突いた布陣を形成する。
南部ではキエフを失ったものの、キエフを起点としてドニエプル川沿いにドニエプロペトロフスク(Dnepropetrovsk M18)まで二重の戦線を敷く。

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41年10月

北部は再び雨が降った。その北部ではドイツ軍がソ連バルチック艦隊の基地であるタリン(Tallinn SS12)に攻勢を仕掛ける。再びバルチック艦隊が迎撃に向かうが、今度はドイツ側も艦隊戦力を投入してきた。タリン沖海戦。航空支援を得たドイツ軍がソ連艦隊を撃破。ソ連・バルチック艦隊は後退を余儀なくされる。海からの支援を得たドイツ軍はタリンを占領した。

フィンランド湾の制海権はレニングラードの死命を制する重要なものである。すなわちレニングラード以外にどこか1ヶ所の港湾をソ連軍が支配していると、レニングラードは補給切れにならない。逆に言えば、ドイツ軍から見た場合、レニングラードを孤立化させるためには、フィンランド湾の全港湾を支配する必要がある。現在、ハンゴ要塞をソ連軍が支配しており、フィンランド軍単独ではこれを奪取するのが困難な状況になっている。枢軸軍がハンゴ要塞を奪取するためには、ソ連バルチック艦隊による支援を排除する必要がある。そのためにはハンゴ要塞を迎撃範囲に収めるタリン、ナルヴァを占領するのが有効である。

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中央および南方ではドイツ軍は強固な戦線を形成するソ連軍に対して強行突破を仕掛ける。航空戦力も全力で援護すべく飛来するが、ソ連側も豊富な補充能力に物を言わせた航空戦力を迎撃に投入した。本来は能力に劣るソ連空軍にとってドイツ空軍との正面対決は不利である。しかし度重なる戦闘で消耗していたドイツ空軍はソ連空軍との対決で苦戦を強いられた。一連の空戦でドイツ・ソ連双方共航空機3ユニットずつを失う。これは当時独ソ両軍が保有していた航空戦力全体の60%、75%に相当する。双方にとって大きな痛手であったが、ソ連軍は豊富な回復力で速やかに航空戦力を再建可能であったのに対し、ドイツ軍にとって航空戦力の再建は絶望的であった。

そんな中、ドイツ軍第57装甲軍団(7-5-6)がドニエプル川の防衛戦を突破し、敵中に乗り込み、無防備のハリコフ(Kharkov G20)に突入した。このためソ連軍は補充ポイント2点と工場1つを失った。

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ソ連側は強力な第19軍(6-5-4)を投入してハリコフを奪回した。

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感想

時間その他の関係上、今回はここまでとした。この時点でドイツ軍の獲得VPは22点。勝利レベルはS2。つまりソ連側の実質的勝利である(4段階の勝利レベルのうち下から2番目)。実際には41年11月のTurnが残っているのでそこでドイツ軍がVPを伸ばす可能性も無きしも非ずだが、今の状態で獲得できそうなのはスモレンスクとドニエプロペトロフスク、ノブゴルドぐらいなので、合計しても4点にしかならない。仮に3ヶ所全て確保すると、勝利レベルは1段階変化してS1になるが、それでもソ連側の勝利は動かない。しかも航空兵力の過半を失ったドイツ軍に3ヶ所全ての確保は難事に思える。下手をするとソ連側の反撃によってキエフ等の要域を奪回される恐れすらある。
セットアップを除くプレイ時間は6時間弱。1Turn平均1時間強である。プレイ自体は面白かった。ロシキャンのような派手さはないが、その分安心してプレイできる。「ロシキャンを超えた作品」とまでは言わないが、「ロシキャンと比肩し得る作品」であることは間違いない。
1つ気になるのはプレイバランスである。史実通りの結果だとドイツ側の敗北になるので、ドイツ側に厳しいプレイを要求されるが、そのバランスがややドイツ側に厳しすぎるのではないかと思える。完全に史実通りの結果だと、1944年5月、バグラチオン作戦開始を待たずしてドイツ側がサドンデス負けを食ってしまう。
いずれにしても本作は何度もプレイする価値のある作品であることは間違いない。ロシキャンの影に隠れて今ではあまり注目されない作品であるが、シナリオも数多く用意されているので、私も繰り返しプレイしてみたい。

なお、陸上部隊の後退ルールについて、日本語ルールに誤解を招くような書き方をしているので注意されたい。日本語ルールの7.5.2.2については、「自軍補給源に近づく方向の隣接ヘクス」という言葉を削除して読めば、原文のルールをほぼ忠実に再現している。

1941_Operation_Barbarossa



RF表紙


Russian Front(以下、本作)は1985年に米国The Avalon Hill Game社(TAHGC)から発表されたシミュレーションゲームである。テーマは独ソ戦。1941年6月から始まる独ソ戦を、1Turn=1ヶ月、1Hex=25マイル(40km)、1ユニット=軍団(枢軸)~軍(ソ連)の規模で再現する。日本でもHobby Japan社からライセンス発売された。

なお、陸上ユニットの後退ルールについて、日本語訳による解釈から一部混乱を招いているようである。基本的には「常識的な」判断が正しいのだが、日本語訳での「補給源に近づく」という一言が混乱のもとになっている。要するに「真っすぐ行った先に補給源ヘクスが存在する方向へ後退しなさい」という意味(敵の方向へ後退してはいけない)なのだが、日本語ルールを素直に読むと誤った解釈になる可能性がある。対人戦の際には、事前に調整しておくべきだろう(相手が頑固なら、英文ルール(ネットで入手可能)を用意しておくことをお奨めする)。

今回、本作をVASSLでソロプレイしてみた。シナリオは1941年6月から始まる標準シナリオで、ルールは選択ルールを含めて全て採用した。

ここまでの展開は --> こちら

Tur4205c


42年6月

戦争は2年目に突入した。天候は晴れである。ドイツ軍は全戦線に渡って攻勢を仕掛ける。とはいえ、1年目のような大規模電撃戦を仕掛ける余力はなく、航空優勢を生かした局所的な兵力優越で拠点を1つ1つ潰していく。

北方では、ナルヴァとノブゴルドを占領。さらにナルヴァ近海でドイツ海軍とロシア・バルチック艦隊が交戦。制空権を持つドイツ艦隊が勝利した。

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中央戦線ではスモレンスク攻略戦に列車砲を投入。さらに航空機の支援もついてスモレンスクをドイツ軍が奪回した。その南のブリヤンスクでもドイツ軍が占領に成功する。

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南方では、ドニエプロペトロフスクを無血占領した後、ドイツ軍はハリコフに前進。航空支援もあって同市を占領した。さらにクリミア半島入口に前進するドイツ軍。ペレコープ地峡では独ソ歩兵部隊同士の激しい戦いになる。それを援護する独ソ両軍の黒海艦隊がペレスコープ地峡の沖合で砲撃戦を演じ、相打ちになって両艦隊とも果てた。

Tur4206c


42年7月

天候は晴天。ドイツ軍は攻勢を続ける。

北方ではレニングラード東方ラドガ港要地シュリッセリブルク(Schlusselburg RR19)をフィンランド軍最強の4F軍団(5-5-4)が攻撃した。フィンランド軍はドイツ空軍による空からの援護がつき、ソ連軍はラドガ湖小艦隊(2-2-7)が援護する。激しい戦いであったが、結果はフィンランド軍の勝利。レニングラード東方の補給線は遮断され、レニングラードは包囲の危機に瀕した。

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南方戦線ではドイツ軍がクルスクを占領。さらに遥か南方ではスターリノを占領。ハリコフ東方でソ連軍3個軍を包囲した。

ソ連軍の反撃。シュリッセリブルクではソ連軍打撃軍(7-5-4)を投入して反撃を行う。先の戦いで壊滅したラドガ湖小艦隊に代わって、オネガ湖小艦隊(2-2-7)を鉄道輸送でラドガ湖に派遣した。再建なったソ連空軍が奮戦して制空権を確保。空と海からの援護下で打撃軍はシュリッセリブルクを奪回した。
別の増援はソ連軍戦車軍(8-6-4)で、2個戦車軍をロストフ周辺の反撃に投入。ドイツ軍戦車軍団と1対1でガチンコ対決。しかし制空権を有するドイツ軍が有利に戦いを進めてソ連軍戦車軍団は大した戦果を挙げずに後退していく。

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42年8月

真夏である。天候は晴れ。ソ連軍は再びパルチザンを投入してドイツ側の鉄道輸送を妨害する。それが奏功し、このTurnドイツ側の鉄道輸送力が0にまで低下した。これでクリミア戦線へ列車砲を輸送しようとするドイツ側の意図はこのTurnは頓挫することになる。

ドイツ軍はヴォロネシを占領。その南側に装甲部隊を迂回させてドン川西方地域にソ連軍の大規模部隊を包囲した。その中にはソ連軍自慢の戦車軍(8-6-4)2個が含まれている。

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ソ連軍は包囲下の部隊を後退させることに全力を集中。さらに後退援護のためスターリングラード周辺に6個軍を増援として投入した。ソ連軍は何とか包囲の輪を突き破って後方へ撤退したが、その撤退戦の過程で多くの兵力を失った。

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42年9月

季節は夏から秋に向かっている。ドイツ軍は南方戦線でさらに戦果を拡張したかったが、攻撃の先鋒をなす装甲部隊が補給圏外に出てしまったため、補給線の伸長と装甲部隊の再編に努める。そしてアゾフ海からのロストフへの補給線を遮断するため、タガンログ(I22)とケルチ(E18)をドイツ軍が占領した。さらにロストフの後方にドイツ軍が回り込み、陸上からのロストフへの補給線をも遮断する。

ソ連軍はロストフの包囲を破るべく、ショックアーミーで反撃に出る。ロストフ東方で攻撃に転じたソ連第1打撃軍(7-5-4)は、ドイツ第48装甲軍団(7-5-6)を平野で決戦に出る。両軍とも航空部隊を繰り出したが、珍しくソ連空軍が奮戦してルフトヴァッフェを撃退。制空権を得たショックアーミーがドイツ装甲軍団を撃破してロストフへの補給線を啓開した。

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42年10月

秋が深まり、早くも天候は悪化してきた。このTurn、北部は泥濘となり、中部南部は雨である。装甲部隊の突破力は失われた。ドイツ軍はなけなしの兵力を集めてロストフ攻略を目指す。列車砲(5-1-2)が運ばれ、ロストフ正面に据えられた。列車砲の威力もあってロストフはドイツ軍の手に落ちた。しかしドイツ軍の戦力も底を尽きかけていた。

ソ連軍は再編成のなった戦車軍2個を投入してロストフ東方から反撃を開始する。

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42年11月

冬が近づく中、天気の神様は突然ドイツ軍に微笑みかけた。中央戦線全域が晴れ渡ったのである。とはいえ、ドイツ軍に大規模攻勢を仕掛ける力は最早なかった。コーカサス方面へ侵攻しマイコプ油田を目指すドイツ軍であったが、チホレツク(Tikhoretsk D24)まで前進した所で進撃が停止した。
クリミア半島では、セヴァストポリ要塞がドイツ軍の手に落ちていた。

ソ連軍は少し早い冬季反攻を開始した。中央ではオリョールとヴォロネシの奪回を図ったが、ドイツ軍の抵抗により失敗。南方では、ロストフ北方に陣取る弱小の枢軸同盟軍部隊を撃破。ロストフへの連絡線遮断を図る。

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このTurnで再びVP判定が入る。ゲーム開始時に枢軸軍が支配しているのは計10点(ドイツ5、フィンランド1、ハンガリー1、ルーマニア3)。ソ連領内で枢軸軍の占領した大都市、要塞都市は、ブレスト、ルボフ、ヴィーンヌィツャ、キエフ、ゴメリ、オデッサ、ヴィルナ、ミンスク、ヴィテブスク、リガ、プスコフ、タリン、ハンゴ、ノブゴルド、スモレンスク、ブリヤンスク、オリョール、クルスク、ハリコフ、ヴォロネシ、ドニエプロペトロフスク、スターリノ、ロストフ、セヴァストポリの24ヶ所。さらに補充ポイントがミンスク、キエフ、スモレンスク、ハリコフ、ヴォロネシで計6点、合計40点だ。勝利レベルは"引き分け"。過去の得点を加算すると"S2となり、ソ連軍の限定勝利である。

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感想

一旦この時点で終了とする。現時点でドイツ軍の戦力はロストフからコーカサス方面に集中しており、その北側は手薄である。ソ連側が大兵力をモスクワ正面に展開すれば、ドイツ軍の抵抗は困難だろう。下手をすると1944年を待たずして東部戦線は崩壊するかもしれない。

今回は初めてのプレイであったので、いくつかのルールミスがあった。一番大きなミスは前回も触れた赤軍部隊の再建制限のルール。他には航空機、艦船部隊の国籍制限。枢軸軍は同一国籍の部隊同士のみが支援できるというルールがあるが、その適用を途中まで失念していた。

初めてのプレイであったが、楽しめるゲームであった。鉄道ゲージの変換ルール等にはやや古臭さを感じる部分もあるが、全般にはプレイアビリティは良好な作品であった。ライバルであるロシキャン(The Russian Campaign)に比べるとプレイ自体が落ち着いており、その分安心して楽しめる作品に仕上がっている。ロシキャンを上回ったかどうかは意見が分かれるが、少なくともロシキャンに比肩する作品だとはいえる。機会を見つけて再戦したい作品だ。

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RF表紙


Russian Front(以下、本作)は1985年に米国The Avalon Hill Game社(TAHGC)から発表されたシミュレーションゲームである。テーマは独ソ戦。1941年6月から始まる独ソ戦を、1Turn=1ヶ月、1Hex=25マイル(40km)、1ユニット=軍団(枢軸)~軍(ソ連)の規模で再現する。日本でもHobby Japan社からライセンス発売された。

なお、陸上ユニットの後退ルールについて、日本語訳による解釈から一部混乱を招いているようである。基本的には「常識的な」判断が正しいのだが、日本語訳での「補給源に近づく」という一言が混乱のもとになっている。要するに「真っすぐ行った先に補給源ヘクスが存在する方向へ後退しなさい」という意味(敵の方向へ後退してはいけない)なのだが、日本語ルールを素直に読むと誤った解釈になる可能性がある。対人戦の際には、事前に調整しておくべきだろう(相手が頑固なら、英文ルール(ネットで入手可能)を用意しておくことをお奨めする)。

今回、本作をVASSLでソロプレイしてみた。シナリオは1941年6月から始まる標準シナリオで、ルールは選択ルールを含めて全て採用した。

ここまでの展開は --> こちら

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41年12月

本格的なロシアの冬がやってきた。全ての地域で天候が雪になる。このような天候ではドイツ軍の攻勢は難しく、僅かにドニエプロペトロフスクの奪回を試みたが、失敗に終わった。

ソ連側は例によって兵力に物を言わせた攻勢で、レニングラード正面でのドイツ軍部隊は1ユニットを失って後退。南方では、ソ連軍がハリコフの両翼を突破してハリコフを包囲する態勢に入る。

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42年1月

新たな年を迎えたが、相変わらずロシア平原には雪が降り続いている。ソ連軍は全戦線で反撃を実施。モスクワ正面ではスモレンスク、ブリヤンスクに攻撃を実施し、ブリヤンスクを奪回した。

南方ではハリコフを包囲し、その付近でドイツ軍の装甲軍団1個を撃破した。

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42年2月

戦場はなおも雪が降り続いている。ドイツ軍は損害を被った歩兵部隊を回復させるのが精一杯だ。このままでは兵力に勝るソ連軍の攻撃によって壊滅的な打撃を受けてしまう。勿体ないが、包囲されつつあるハリコフを放棄し、前線を大きく後退させることにした。とはいえ、前線で敵と交錯している部隊を後退させるのは容易ではない。敵中に孤立している部隊等は、反応移動によって敵の接敵を許してしまうからだ。一部の部隊を見捨てて後退するか、それとも可能な限り多くの部隊を後退させるのか。難しい決断に迫られる。

まず北方。バルト海沿岸のナルヴァは死守の構え。正面のソ連軍部隊が比較的弱体(4-3-6)であることを見越してだ。しかしノブゴルド前面には強力なショックアーミー(6-5-4)が迫っているので、ノブゴルドを放棄して敵との距離を取る。

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中央では、スモレンスクは空軍基地があるので死守の構えだ。この方面で重要なのは、ヴィルナからドヴィンスク、ヴィテブスクを経てスモレンスクに至る鉄道線だ。ドイツ軍の中央軍集団の全てを支える重要な補給ルートである。このラインを切られたら中央軍集団は壊滅を免れない。そこでドイツ軍の防衛ラインはこの鉄道線を守る形で敷かれる。そのため、南方軍集団との間隙はある程度空いてしまうことになるが、仕方がない。

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南方軍集団は、やはり鉄道線が軸になるが、その鉄道線はキエフから二手に分かれており、北側のルートはキエフからほぼ真東に進んでクルスクに至る。南側のルートはキエフからドニエプル川沿いに南東へ進み、途中で二手に分かれてそれぞれドニエプロペトロフスクとハリコフに至る。いずれのルートにもソ連軍の脅威が迫っている。そこでドイツ軍は歩兵部隊は全面後退して鉄道線沿いに再展開する。そして後退を掩護するために装甲部隊による局部反撃を実施した。装甲部隊は攻撃後に再移動ができるので、前線から撤収することが可能なのだ。

Tur4202c


ドイツ軍の後退作戦は概ね成功し、軽歩兵1個軍団(3-2-6)を失い、山岳兵(5-5-6)1個軍が退路を断たれて包囲されたにとどまった。

一方のソ連軍は例によって物量にモノを言わせた総花的攻撃を実施。ハリコフ、スモレンスク、ナルヴァを奪回し、ドイツ軍の歩兵1個軍団(4-3-6)を葬った。

42年3月

春になってもロシア平原は雪が降り続いている(天候ダイスがドイツ軍にとって最悪の"6"だった)。ドイツ軍はこのTurnなけなしの補充ポイントをはたいて航空部隊(4-3-6)を購入した。局地的に制空権を確保して戦闘を有利に進めようとする魂胆である。

独軍は前Turnと同様前面後退する。ただし後退を援護するため装甲部隊で局地反撃を実施し、ソ連軍1個戦車軍を撃破した。ソ連軍は慎重に前進する。

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ここでルールミス発覚。赤色以外の駒は再建不可能であることを忘れていた。おかげで盤上には赤色以外のユニットが多く残ることになる。しかし彼らが次のTurnに全て撤収することになる。

42年4月

春がやってきた。ロシアの大地は泥濘のため動きが取れなくなる。

ドイツ軍は中央軍集団戦区のヴィテブスク正面で限定的な反撃を実施し、ソ連軍歩兵2個軍(5-4-4)に痛打を与えた。取り合えず成功である。

そしてソ連軍は再建不能部隊に指定されている歩兵と戦車が全部撤退する。先のルールミスによって本来は再建不能部隊を優先して復活させていた結果、このTurn実に23個ものソ連軍ユニットが去っていく。盤面が一気に寂しくなるソ連軍なのであった。兵力を大きく減じたソ連軍は、このTurnは攻撃を行わずに様子を見る。

Tur4204a


42年5月

全戦線に渡って晴れ上がった。再びドイツ軍の季節がやってきたのである。ソ連軍はここで初めてパルチザンを使用し、ドイツ軍の鉄道線を妨害する。ドイツ軍の鉄道輸送力が2点減少する。

ドイツ軍は装甲部隊を主体とする反撃を開始した。とはいえ、使用できる装甲部隊が前年の半数程度まで減少しているので、あくまでも限定的な反撃だ。
中央軍集団戦区では、スモレンスクに対する奪回作戦を開始。スモレンスクの両翼を突破して同市を半包囲したものの、スモレンスクそのものの奪取には失敗した。

Tur4205a


南方軍集団戦区では、ドニエプロペトロフスクとハリコフに向けた攻勢を開始。装甲部隊が少ないので、航空兵力を主体とする火力戦で前進する。さらにクリミア半島入口でも攻勢を行ったが、ソ連軍守備隊の抵抗により突破に失敗した。

Tur4205b


ソ連軍は南方戦線では後退させつつ、中央戦線ではスモレンスク付近で小規模反撃を実施した。航空戦力2個を投入した作戦であったが、ドイツ空軍の反撃を受けて航空部隊が壊滅した。反撃自体も失敗に終わる。

このTurnで再びVP判定が入る。ゲーム開始時に枢軸軍が支配しているのは計10点(ドイツ5、フィンランド1、ハンガリー1、ルーマニア3)。ソ連領内で枢軸軍の占領した大都市、要塞都市は、ブレスト、ルボフ、ヴィーンヌィツャ、キエフ、ゴメリ、オデッサ、ヴィルナ、ミンスク、ヴィテブスク、リガ、プスコフ、タリン、ハンゴの13ヶ所。さらに補充ポイントがミンスク、キエフで計2点、合計25点だ。勝利レベルはS2。現在はソ連軍の限定勝利である。

つづく

1941_Battle_of_Moscow


RF表紙


Russian Front(以下、本作)は1985年に米国The Avalon Hill Game社(TAHGC)から発表されたシミュレーションゲームである。テーマは独ソ戦。1941年6月から始まる独ソ戦を、1Turn=1ヶ月、1Hex=25マイル(40km)、1ユニット=軍団(枢軸)~軍(ソ連)の規模で再現する。日本でもHobby Japan社からライセンス発売された。

なお、陸上ユニットの後退ルールについて、日本語訳による解釈から一部混乱を招いているようである。基本的には「常識的な」判断が正しいのだが、日本語訳での「補給源に近づく」という一言が混乱のもとになっている。要するに「真っすぐ行った先に補給源ヘクスが存在する方向へ後退しなさい」という意味(敵の方向へ後退してはいけない)なのだが、日本語ルールを素直に読むと誤った解釈になる可能性がある。対人戦の際には、事前に調整しておくべきだろう(相手が頑固なら、英文ルール(ネットで入手可能)を用意しておくことをお奨めする)。

基本システムは移動と戦闘の繰り返しで、装甲部隊による突破移動が加わる。特徴的なのは戦闘システムで、所謂「同一ヘクス戦闘」。戦いは1ユニット対1ユニットの形で解決されるため、過剰にスタックしてもあまり意味はない(耐久力が増えるという意味はある)。それよりも海空軍の支援が重要で、海空軍はそれぞれ戦闘力を加えることができる。もし両軍が空軍、海軍を同一戦闘に参加させていた場合、陸戦を解決する前に空戦、海戦の決着をつける必要がある。従って陸戦に介入できる海空軍は、それぞれどちらか一方の陣営のみとなる。

ルールは基本ルール、上級ルール、選択ルールに分かれているが、全部入れてもそれほど難しいゲームではない。難易度は一般的な中級ゲームといえる。シナリオは1941年から開始するシナリオの他、1942年、1943年から始まるシナリオも用意されている。またゲームの長さも調整可能で、最も短いシナリオは3Turnの長さで終了する。

本作について発売当時は「ロシキャンに代わる独ソ戦ゲームのスタンダードになるゲーム」とも評されていたが、今にして思えば結果的には「ロシキャン越え」はならなかったと言えそうだ。

今回、本作をVASSLでソロプレイしてみた。シナリオは1941年6月から始まる標準シナリオで、ルールは選択ルールを含めて全て採用した。

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41年6月

戦争が始まった。全世界が息を飲む戦争が。
プリピャチ湿地の北側では、ドイツ軍の北方軍集団と中央軍集団が大突破。リガを占領し、装甲部隊は敵の背後に回り込む。バルト海軍管区、西方軍管区のソ連軍は後方連絡線を遮断され包囲輪に陥る。彼らの大半はドイツ軍との激闘とドイツ軍の包囲によって壊滅。しかしヴィルナを守るソ連第3軍団(3-3-3)は連絡線を断たれながらも何とか持ちこたえた。

Tur4106a


南方軍集団はブレスト・リトブスク要塞を占領。こちらも敵後方に回り込んで包囲を完成させようとするも、こちらはソ連軍部隊の守備が固いため、敵中突破はならず。キエフ軍管区のソ連軍は大半が後退に成功した。

Tur4106b


このTurnの損害は、ソ連軍は歩兵13個、装甲5個のユニットを失った。ドイツ軍は、リガ、ブレスト、ルボフを占領した。その一方でドイツ軍歩兵3ユニットが失われ、その損害は決して小さくはなかった。

41年7月

バルト海沿岸では、ドイツ海軍のバルト海艦隊がタリン近海に接近。掃海活動を開始する。それを迎え撃つのはソ連バルチック艦隊。艦隊戦力ではソ連軍が有利だったが、ドイツ空軍が空から援護した。そのため「タリン沖海戦」で勝利をしたのはドイツ艦隊。ソ連艦隊は損害を被り、クロンシュタットへ向けて撤退していく。

中央軍集団はヴィルナからドヴィンスク付近を突破してミンスク周辺でソ連軍を包囲する。ミンスクを占領したドイツ軍はヴィテブスクまで前進し、同地を包囲した。ミンスクではソ連軍の工場がドイツ軍の手に落ちてしまう。

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南方軍集団は、縦に伸びたソ連軍戦線を南北から挟撃する。しかしソ連軍部隊の数は多く、これを完全に包囲することはできなかった。ドイツ軍はブーク川上流のヴィーンヌィツャを占領したものの、ソ連軍部隊を完全に包囲殲滅するには至らなかった。

Tur4107b


41年8月

バルト海沿岸ではドイツ軍がタリンを無血占領。ナルヴァに対しても攻撃を行うが、ソ連バルチック艦隊が妨害してきたため、ナルヴァの攻略は失敗した。

中央軍集団戦区では、プスコフ、ヴィテブスクを占領し、さらにスモレンスクもドイツ空軍の援護によって占領する。

南方軍集団戦区では、キエフを占領し、ゴメリも占領する。ただしキエフの工場はタッチの差で後方へ撤収していく。

このTurnでVP判定が入る。VPは枢軸軍が占領した要塞都市、大都市、油田等の数で決まる。ゲーム開始時に枢軸軍が支配しているのは計10点(ドイツ5、フィンランド1、ハンガリー1、ルーマニア3)。ソ連領内で枢軸軍の占領した大都市、要塞都市は、ルボフ、ヴィーンヌィツャ、キエフ、ゴメリ、ブレスト、ヴィルナ、ミンスク、ヴィテブスク、スモレンスク、リガ、プスコフ、タリン、ハンゴの13ヶ所。さらに補充ポイントがミンスク、キエフ、スモレンスクで計3点、そしてミンスクで工場1個破壊して1点。合計27点。勝利得点表に当てはめるとA1、つまり枢軸軍の小勝利だった。取り合えず枢軸軍としては史実並の戦果は残したことになる。ただし枢軸軍、中でもドイツ軍の損害は決して小さなものではなく、最前線を進む装甲部隊は損害累積に苦しんでいた。

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41年9月

北方のドイツ軍はナルヴァを攻撃。ソ連のバルチック艦隊が出撃してきたが、今度はドイツ空軍が支援してきたためバルチック艦隊は損害を被り撤退。海空からの支援を受けたドイツ軍はナルヴァを占領した。

中央戦線では、スモレンスクから出撃したドイツ軍はブリヤンスクを占領。モスクワに迫った一軍はルジェフを占領。モスクワまであと5ヘクスに迫る。

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南方では黒海沿岸の港湾都市オデッサをドイツ軍が占領。ドニエプル川沿いに南下し、ドニエプロペトロフスクにも迫る。

41年10月

天候ダイスは枢軸軍にとって最悪の6だった。北極圏には早くも雪が降り、中央ロシアも泥に沈む。ドイツ軍の前進は一気に低調となったが、ドニエプロペトロフスクを占領。ハリコフもあと一歩の所まで肉薄する。

41年11月

またもや天候は枢軸軍にとって最悪の6だった。全部の領域で雪が降る。それでもドイツ軍は南方戦線で攻勢に出て、ハリコフ、クルスクを占領する。 極東から増援としてやってきたショックアーミーを主体としてソ連軍は、レニングラード周辺、モスクワ正面、クルスク周辺、そしてドンバス周辺で大反撃を実施した。兵力に物を言わせた大攻勢で、ソ連側の損害も決して少なくない。それでもソ連軍はドイツ軍の装甲軍団2個、歩兵軍団2個に加えて、ルーマニア軍の機械化軍団1個、ドイツ空軍1個を葬った。さらに反撃によってクルスク、ドニエプロペトロフスクを奪回した。

Tur4111a

Tur4111b


このTurnに最初のVP判定が入る。8月以降に枢軸軍の獲得したのは、ハリコフ、ブリヤンスク、ノブゴルドである。これらのVPは合計5点。8月分までを合わせると32点となる。勝利レベルは"0"で修正なし。前回の分(41年8月)はショートシナリオ専用なので、通常シナリオでは加算しない。結果、現時点で勝利レベルは"引き分け"になる。現時点でゲームを終了すると、結果は「引き分け」となる。

つづく

1941_Operation_Barbarossa

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