もりつちの徒然なるままに

ウォーゲームの話や旅の話、山登り、B級グルメなどの記事を書いていきます。 自作のウォーゲームも取り扱っています。

タグ:福岡

英彦山は福岡県南部にある山塊です。元々は修験道の山で、戦国期には僧兵を擁して戦国大名と戦った様。今でも山中には神域になっており、山中に多くの神社があります。福岡市内から車で2時間弱、小倉からだと約1時間という距離なので、福岡県民にとっては高尾山や高野山のように手頃な山なのかも知れません。

福岡市内で朝にレンタカーを借りて出発。登山口までは2時間ほどかかりました。朝10時に登山口に到着。ここから登山開始です。

駐車場から奉幣殿と呼ばれる設備までは、アップダウンがあまりない道で前座といった感じ。奉幣殿は英彦山全域の表玄関ともいうべき場所で、比較的容易に到達できることから、登山者よりも観光客の方が圧倒的に数で上回っています。

写真34
写真35
写真36

奉幣殿で石段を登り切った先が登山道になります。登山道は綺麗に整備されていますが、いきなり急登になりそこそこキツイです。鎖場が2個所ほどありますが、大したことはありません。急登を過ぎるとゆるやかな登りになり、中津宮という建物がありますが、今回は素通り。しばらく歩くと休憩するに好適な広い場所に出て、ここが産霊社です。

写真37
写真38
写真39
写真40
写真41
写真42

ここからは長い石段が始まり、前方に建物が見えます。石段を伸び切った所が英彦山上宮。一見するとピークですが、本当のピークはコルを挟んだ向こうに見える南峰。登山者の大半は南峰までは行かずにこの上宮をゴールにするよう。

写真43
写真44
写真45

実際にコルに行くと予想外に楽ちん。10分程歩くと拍子抜けするぐらい簡単に南峰に到着します。山頂部は広くなっていて、弁当を広げて休む人達が沢山いました。

写真46
写真47

帰りは元来た道を戻ります。往路はバイパスした中津宮にも立ち寄ってみました。紅葉については山頂部や登山路はほぼ終わりかけ。落葉を敷き詰めた登山路が綺麗でした。

写真48
写真49
写真50
写真51
写真52
写真53

奉幣殿に降りてくると登山道とは打って変わって俗世に戻った感じ。登山道の入口付近で観光客らしき人に「この道はあとどのくらい続いていますか」と聞かれたので、山頂まで1時間ほどです、と答えると、絶句していました。

写真54
写真55
写真56
写真57
写真58
写真59
写真60

駐車場に戻ったのは13:30頃。往復3.5時間ほどの山旅でした。山歩きとしては短いですが、正直コースタイムから予想していたよりもキツイ山でした。客観的に見れば楽な山なのですが、そこは山登り。舐めるとキツイです。山全体の印象としては、麓から山頂まで色々な見どころがあって面白い山でした。福岡市街からも手頃な距離なので、九州の人々にとっては手軽にハイキングできる山なのではないでしょうか。

Map

3
JR博多駅から徒歩10分程の場所にあるうどん屋さんです。
肉ごぼ天うどん大盛(730円税込み)を注文しました。
讃岐うどんとはまた違って柔らかく太い博多風のうどんにごぼ天と牛肉の組み合わせが絶妙。
讃岐うどんのような「締まった」感じとはまた違った「優しい」感じのするうどんです。

お奨め度★★★

写真31
写真32

3
福岡県南部柳川市。柳川下りで有名な町。西鉄大牟田線が市内を南北に走っています。
西鉄柳川駅から1kmほど東へ進んだ所にハンバーグのお店「サフラン」があります。
オーソドックスなハンバーグのセットを注文しました。
オニオンスープから始まってメインのハンバーグと御飯、最後にコーヒーがついて1430円は絶対安い。
ハンバーグは牛肉の味がしっかりしていて、食べ応えがあります。また一般的なデミグラスソースだけではなく、醤油風味の和風ソースがついているのは和風派としては嬉しい。ハンバーグだけではなく、小鉢の類もついていて美味しい。

柳川で食べた美味しいハンバーグでした。

お奨め度★★★

写真09
写真10
写真11
写真12

3
久留米市は福岡県南部に位置し、福岡県内では第3位の人口を有している。
久留米城は市の中心地にあり、近くには久留米大学病院や久留米大学のキャンパスがある。
遺構としては大きな石垣と内堀が残っているが、石垣の中は篠山神社になっており、天主等は残っていない。また城域自体も比較的こじんまりとしている。

戦国時代には大友と龍造寺の激戦地となった久留米城。立ち寄ってみるのも悪くない。

お奨め度★★★

写真04
写真05
写真06
写真07
写真08

2


福岡県の大宰府市。古代から中世にかけてはしばしば歴史の舞台に登場する大宰府。
水城は大宰府を守る防衛施設の1つだ。博多湾から大宰府に向けて官道が走っており、その右手には大野城、左手には小水城がある。水城はその間を埋める位置づけになる。

写真33

水城趾はJR線や西鉄、九州自動車道や国道3号線を丁度横切るような形で残っている。城跡といってもまっすぐ伸びる人工の丘陵地帯で、その規模はかなり大きい。東の端に水城舘という施設があり、その周囲が史跡として整備されている。

写真00
写真01
写真02
写真03

城と言っても天守や石垣がある訳でもなく、やや趣の異なる古城だが、こういう城も良いのではないだろうか。

お奨め度★★


↑このページのトップヘ